第5話 ファースト・コンタクト(後編)

御者が嘲るような顔をする。


「リッヒル王家? はん、あんな国、小さな半島を領地としているだけの、事実上は村長程度の国じゃないか。しかも経済も軍事も全てはフローラル公国に頼っている。そんな王族の末裔が、フローラル公国公爵家の一人娘であるルイーズ・レア・ベルナール様に粗相をしたとなったら、いったいどうなるのかな?」


思わず私は御者を睨みつけた。

確かにリッヒル王家は小さな半島のみを領土としている、ごくごく小さな弱小国だ。

食糧事情も悪く、作物は自家消費がやっと、後は漁業で生計を立てている。

さらに大陸の北側に位置しているため冷害が多く、二年に一回は凶作で、事実上はフローラル公国からの食料援助で成り立っている国なのだ。

そのためか、フローラル公国の人間はリッヒル国の人間に対して、居丈高な態度を取るのだ。


(とは言え、相手は王家の血筋の人間。下級貴族の御者がここまで侮蔑的な言葉を吐いていいはずがない!)


「ちょっと……」


私がそう言いかけて馬車を降りた時だ。


 バシャッ!


朝方まで雨が降っていたのか、私が降りた所にちょうど水たまりがあった。

そこに勢いよく足を踏み入れたため、水たまりの泥が勢いよく跳ね飛ぶ。

そしてその泥が頭を下げていたシャーロットの頭部に盛大に被さってしまう。


「えっ」


あまりの事に私が驚いていると、シャーロットは静かに頭を上げた。

その見事なまでの銀髪と白い肌に、茶色い汚らしい泥が滑稽なほどのコントラストを作っている。


既に周囲には、何事かと多くの人が集まっていた。

その中には今日のレイトン・ケンフォード学園に入寮するために貴族の子弟たちも大勢いる。


「ぷっ」「クスッ」「ククク」


貴族の中には、そんなシャーロットを見て含み笑いをする者がいた。


だが集まった町の人は、シャーロットを哀れみの目で、私を非難の目で見ている。

私のメイドのアンヌマリーでさえ、私を失望したような目で見ていた。

御者が大声で笑いだす。


「ハハハ、泥を被った白銀の姫君か? いかにもリッヒル王家に相応しい化粧だな。もっともルイーズお嬢様に対する粗相としては、この程度では許されないだろうがな!」


「いい加減にしたまえ!」


涼やかにも凛とした声が、怒りを含んで響いた。

声を方を振り返ると、豪華な貴族服に身を包んだ、輝く金髪にマリンブルーの瞳を持った美少年が立っていた。


その少年は……間違いない。

東の大国・エールランドの公爵家の長男、アーチー・クラーク・ハートマンだ。

第七位ながらも王位継承権を持つ、上流階級中の上流階級の御曹司だ。

そして……現段階ではルイーズ(つまり今の私)の許嫁でもある。

もっとも許嫁と言っても、親同士が決めた、まだ会った事もない相手なのだが。


「謝罪している少女を大の大人が怒鳴りつけているだけでも見過ごせないのに……しかも相手は小国とは言えど王家の血筋の人間を、一貴族が公衆の面前で面罵するなど、到底許されることではないぞ!」


アーチーはその整った顔に怒りを露わにして言い放つ。

御者も彼の顔は知っていたのだろう。

いや、顔は知らなくても、アーチーの胸に輝く獅子と鷲の紋章を見れば、彼がエールランド王家に繋がる人間である事はすぐに解る。

そしてそのマリンブルーの瞳が私を射るように見た。


「貴女がルイーズ・レア・ベルナールか? お初にお目にかかる。エールランドのアーチー・クラーク・ハートマンです」


彼は胸に右手を添え、慇懃な態度で頭を下げた。

だがその目には明らかな私への怒りが感じられる。


「ですが貴女のご家庭では、従者に対して適切な礼儀を教育されていないように見受けられます。それともこれはフローラル公国のお国柄なのでしょうか?」


マ、マズイ。これはマズイ。

イベントが起きる場所は違っているが、これはまんま『革命が起こり、さらには許嫁である王子に断罪されてギロチン台送りコース』そのものではないか!


「わ、私はそのような事は……」


「この上、貴女はこの無礼の責任を従者に押し付けるのですか?!」


アーチーの目に怒り以外に軽蔑の色が混じる。


「従者の失態は上の立つ者の責任。貴族たる者、その心得を忘れてはなりません。ルイーズ嬢」


アーチーはそれだけ言うと、もう私には目もくれず、地面に膝着いたままのシャーロットに近寄った。

そして自分も片膝をついて、彼女の手を取る。

自分のその高価な服が泥で汚れる事も厭わずに……。


「さぁ、シャーロット姫。頭をお上げ下さい。一国の王家の一族が、そんなに簡単に膝まづくものではありません」


アーチーはシャーロットの手と取り、肩を抱くようにして彼女を立ち上がらせた。


「シャーロット姫の馬車はどちらですか?」


するとシャーロットは恥ずかしそうに俯きながら答えた。


「私の家では馬車まで用意できませんので……乗合馬車でここまでやって来ました。近くで降ろして貰ったので、そこからは歩いて……」


その儚げな表情にアーチーは表情を曇らせる。


「では私の馬車にお乗りください。学園まで送らせて頂きます」


シャーロットが驚きの目でアーチーを見つめる。


「いえ、そこまでご迷惑をおかけする訳には……」


だがアーチーはすぐに自分の従者に声を掛けた。


「御者、シャーロット姫のお荷物を私の馬車に運べ!」


「ハッ、ただいま!」


私の馬車のすぐ後ろに、やはり豪華な真っ白に金の装飾を施された馬車が止まっていた。

その御者が地に降りると、すかさずシャーロットが手にしていた大きな旅行カバンを手にする。


「私のような者が、エールランド公爵家のアーチー様と同乗するなど……」


そういうシャーロットにアーチーは優しく微笑む。


「良いのです。貴女はそれに値する人なのです。むしろ無礼は私かもしれません。いきなり他国の姫を自分の馬車に乗せようとするのですからね」


「アーチー様」


「さ、どうぞ。シャーロット姫。どこかで泥を落とし、ドレスを用意させますので」


エールランドの公爵家の長男・アーチー・クラーク・ハートマンは、リッヒル王家の姫・シャーロット・エバンス・テイラーを優雅にエスコートしながら、その白馬車に乗せて行った。

その姿を私は既視感と共に呆然と見つめていた。


……やっぱりコレって、フラグが一つ立ったよね。



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この続きは、明日朝8時過ぎに投稿予定です。

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