第4話 ファースト・コンタクト(前編)

「お嬢様、そろそろレイトン・ケンフォード学園に到着致しますが?」


アンヌマリーが、遠慮がちに私を起こす。

知らない間に私は居眠りをしていたらしい。


窓から外を見ると、馬車は湖沿いを走っていた。

その向こう側にお城、と言うよりは城塞都市と呼んだほうがいいだろう、が煌めいている。

見るからに美しく荘厳な感じのお城と、それを取り囲む頑丈そうな城壁が、私の胸をワクワクさせた。

これからあのおとぎ話ような城の中で暮らすのだ。


(これだけでも、ゲームの世界に飛び込んだ甲斐があるかもね)


私は呑気にそんな事を考えた。

城の向こうには鋭い形の山々が連なっていた。山の峰には白く万年雪が被さっている。

湖・城・雪を被った山々、そのコントラストが美しい。

その美しさにやはり見惚れていたアンヌマリーが口にした。


「ここは本当に美しい場所ですね。どの国にも属せず、聖ロックヒル正教の領地として、五百年の平和が守られただけの事はありますわ」


私は黙って頷いた。

レイトン・ケンフォード学園のある場所は、私の国であるフローラル公国と、東の大国エールランド、そして南を収めるスパイアル帝国の三国が接する場所にあるのだ。

以前はこの土地を巡って争いが続いたのだが、戦争に疲弊した三国が共同で聖ロックヒル正教にこの土地を寄進する事に決めた。

それから五百年、この土地は一度も戦乱に巻き込まれる事はなく、三国が交流する文化と流行の都市となった。


そしてその中心に位置するのがレイトン・ケンフォード学園である。

私はこれから四年間、この場所で文化に教養、そして魔法を学び、各国の上流階級の子弟たちと将来に役立つ関係を築かねばならない。


馬車は巨大な城門の前に来た。

この城門は日中はほとんど閉じられる事がないらしい。

ふと背筋に何かゾクリとする感覚が走る。

まるで誰かに覗かれているかのような……

思わず周囲を見渡した。

だが、特に変わった事はない。


「どうかなさいましたか?お嬢様」


対面に座っているアンヌマリーが不思議そうに尋ねた。


「ううん、何でもないわ」


私は笑顔を作って、そう答えた。

おそらく慣れない暮らし、そしてこれから始まる寄宿学校での生活に緊張しているのだろう。

勉強も嫌だけど、それ以上に『高貴な方々との友好的な関係』って言うのが、どうもね。

そもそも失敗すれば破滅エンドまっしぐらだし。

そんな私のタメ息を気遣ったのか、アンヌマリーが気遣うように問いかける。


「お嬢様、お茶でもお入れしましょうか?」


「ええ、お願いするわ」


この豪華な馬車には、小さな火壺を備えてあり、お茶くらいなら沸かす事ができる。

彼女は手早くお湯を沸かすと、そこにハーブの葉とハチミツを入れ、カップに入れると私に差し出した。


「どうぞ、お嬢様」


「ありがとう」


私はカップを手にするとまずは匂いを嗅ぎ、その豊かなハーブの香りを楽しんだ。


  ガタンッ!


あまりに突然に馬車全体が急制動をかけた。車体全体が激しく揺れる。


「うわっ!」


手にしていたカップからハーブティーが盛大にこぼれ、私のスカートにかかる。


「アチッ、アチッ、アチッ!」


思わずお嬢様らしくない声で叫んでしまう。

私の声を聞いて、やはり馬車の急制動で身体がシートに投げ出されていたアンヌマリーが叫ぶ。


「大丈夫ですか? お嬢様!」


それとほとんど同時に御者台の窓も開き、御者が中を覗き込む。


「お怪我はありませんか? お嬢様!」


だが私はまだ、突然に太腿にかかった熱湯に「アツッ!」を繰り返していた。


「お嬢様、これでお拭きください」


アンヌマリーが素早く水に濡らしたタオルを差し出す。

私は恥も外聞もなくスカートをめくり上げ、太腿の部分をタオルで拭いた。

どうせ見ているのはアンヌマリーしかいないしね。

幸い、お湯がかかった場所は分厚い生地のお陰で、太腿は少し赤くなっている程度だった。


その時だ。外から御者の怒鳴り声が聞こえて来た。


「貴様、この馬車をどなたの馬車だと思っている! フローラル公国の公爵家、ルイーズ・レア・ベルナール様の馬車だぞ! その前にいきなり飛び出してくるとは!」


「も、申し訳ございません。私が不注意であったばかりに。ベルナール公爵のお嬢様の馬車とも知らずに……」


「そんな言い訳で済むような話ではない!」


どうやら誰かが馬車の前に飛び出したようだ……

と、この展開、見覚えがあるんだが?


私は急いでタオルを横に置くとスカートを整え、馬車のドアを開けた。

するとそこには、膝まづくように倒れた少女と、彼女を烈火のごとく怒鳴りつける御者の姿があった。


「本当に、本当に、申し訳ありませんでした」


彼女は頭を地面に擦り付けるようにして、謝罪の言葉を繰り返す。


「そんな言葉だけで済むとでも思っているのか! もしもルイーズお嬢様に毛ほどの傷でもついたなら、私の首が胴から離れるかもしれない。おまえだってタダで済む訳はないぞ!」


「すみません、すみません」


「娘、名前を言え! 後でしかるべき所でしかるべき処置をしてもらうからな!」


彼女はビクッと身体を振るわせた後、涙に濡れた顔を上げた。


「シャーロット……シャーロット・エバンス・テイラーです。リッヒル王家の……」


その名を聞いた時、私の全身を電流が走ったように感じた。


シャーロット・エバンス・テイラー……この『フローラル帝国の黒薔薇』のヒロイン、主人公だ。


彼女はフローラル公国の北端にある半島だけが領地の、小さな王家の直系なのだ。

そしてルイーズは彼女との確執が積み重なり、最後は破滅エンドを迎える事になる。


(しまった、彼女との馬車イベントは学園の敷地内に入ってからだから、周辺の町では何も起こらないと思っていた。油断していた……)


御者が嘲るような顔をする。


「リッヒル王家? はん、あんな国、小さな半島を領地としているだけの、事実上は村長程度の国じゃないか。しかも経済も軍事も全てはフローラル公国に頼っている。そんな王族の末裔が、フローラル公国公爵家の一人娘であるルイーズ・レア・ベルナール様に粗相をしたとなったら、いったいどうなるのかな?」



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この続きは、明日の朝9時過ぎに投稿予定です。

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