12月10日【裏庭】
今朝は、ずいぶん冷えこみました。目が覚めたとき、鼻先がつんと冷たくて、なっちゃんはお布団を、顔の上まで引っ張り上げました。
もう一度、眠ってしまおうかな。そう思ったのですが、枕元に置いてあるもののことを思い出して、なっちゃんは勢いよく飛び起きました。そして、やっぱりとても寒い朝でしたので、「あっ、寒い!」と首をすくめました。
一階に降りて、暖房を入れます。ミトラたちが『おはよう、なっちゃん』『ぼくたち昨日、いつのまにかねちゃってたの』『おはよう、さむいね』などと、思いおもいになっちゃんに声をかけます。
なっちゃんは、ミトラたちにおはようを言ってから、いつものようにお湯を沸かして紅茶を淹れ、シュトーレンをひときれ切り分けました。
朝食を終えましたら、なっちゃんはいよいよ、昨日見付けたものを手に取りました。金の鍵。これはきっと……いいえ、間違いなく、裏庭の鍵です。
なっちゃんは金色の鍵を、キーリングに通しました。鉄の鍵と、真鍮の鍵と、そして、金の鍵。みっつの鍵が、仲良くならんで、ちゃりちゃり揺れています。
『あ、なっちゃん、みっつめの鍵、みつけたんだね』
猫のミトラが、嬉しそうに言いました。なっちゃんも、笑顔いっぱいにうなずきました。
さて、裏庭に行く前に準備が必要だと、なっちゃんは思いました。
なぜと問われても上手く答えられませんが、先日、飛び石の迷い道ではたいへん長い道のりを歩かされましたので、なんとなく今日も、たくさん歩かなければならないような予感がしたのです。
なっちゃんは、シュトーレンを二枚切り分けて、ひとつかみのクルミとドライフルーツと一緒に、清潔なハンカチに包みました。それから、熱い紅茶を魔法瓶いっぱいに注ぎました。
さらに、これは恐らくフキコさんの忘れ物なのでしょうが、大棚の奥から小さなラム酒の
荷物をリュックサックに詰め込んで、ベルトにキーリングを引っ掛けまして、出発の準備が整いました。
厚手のコートを着込んだなっちゃんに、『なっちゃん、おでかけ?』とミトラたちが尋ねます。なっちゃんは「ちょっと、裏庭まで」と答えました。ミトラたちは『うらにわかあ』と言いました。
キッチンの先の勝手口から外に出て、テラコッタ風の飛び石をぴょんぴょん跳ねながら渡ります。そして、裏庭の門の鍵穴に、金の鍵を挿し込みました。
カチリ、と気持ちの良い音を立てて、鍵は鍵穴にぴったりはまります。やっぱり、裏庭の鍵だったんだ。なっちゃんは、はやる気持ちをおさえながら、金の鍵をゆっくりと回しました。
真鍮の鍵で開けたとき、門はひたすらに長く続く、永遠の飛び石の道に繋がっていました。今日は、金の鍵で開けましたので、門は飛び石の道とは別のところに連れて行ってくれるだろうと、なっちゃんは考えていました。
ところが、今日もまた門の先には、飛び石の道が続いていたのです。なっちゃんはあれっと首をかしげました。これでは、この間とおんなじです。
なんだか拍子抜けしたような気持ちで、それでもなっちゃんは、飛び石の道を進みます。緩やかなカーブを曲がった頃にようやく、やっぱりこの間とは違うらしいということが分かってきました。
道の先を、大きな川が横切っているのです。川には、レンガ造りの立派な橋が架けられていて、飛び石の道は、その橋に繋がっているのでした。
「わあ、すごい川」
なっちゃんは橋にかけよって、欄干から身を乗り出して、川面を見ました。川はすっかり凍っていて、なんの動きもありません。ただ午前の日の光が、氷の表面やら内側やらに乱反射して、プリズムのようにきらめいているばかりです。
「川が凍ってしまうほど、寒いとは思えないけど」
不思議ではありましたが、なっちゃんにとっては、ありがたいことでもありました。冬は魅力的な季節ではありますが、なっちゃんは寒がりですので、あんまり寒いと、すぐおうちに帰りたくなってしまいます。
「今日は、まだ帰らない。もっと冒険しなくっちゃ」
背中のリュックサックを軽快に揺らしながら、なっちゃんは、駆け足で橋を渡りきりました。
橋の向こうには、橋と同じレンガ造りの、土色の街並みが、ずうっと先まで続いています。そして、冷たい空気にかすんで消えてしまいそうなほど遠くに、薄っすらと、お城のような建物も見えました。
ここが、本当の裏庭なのでしょうか。裏庭というには少し、かなり、ずいぶん、広すぎる気がします。
なっちゃんは、背後を振り返りました。さっき渡ってきたばかりの橋のすぐ向こうに、勝手口の扉が見えました。どんなに歩いても、勝手口からは遠ざからないようです。だとしたら、ここはやっぱり、フキコさんのおうちの、裏庭なのでしょう。
裏庭にしては、とんでもなく常識はずれの広さですが、そもそもフキコさんのおうちに、常識なんて言葉は似合わないのです。
「フキコさんのおうちなんだから、裏庭に大きな川や、橋や、街や、お城があったって、なんにもおかしくなんかない」
なっちゃんが呟きますと、どこからか「もちろん、まったく、そのとおり」と、ごきげんな声が聞こえたような気がしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます