第24話 隠された狂気

「そういえば今日はどうしてここへ?お母さんも一緒?」

近くに母親瑠香の姿は見えない。

ううん、と誠は首を横に降った。

「僕時々ここに来て、ペットコーナーのワンちゃんとかみてるの。かわいくていやされるし、お店の中は暖かいから、長い時間いれる。それに、スマホもらったから、ここでゲームしてるの。WiFiもつながるから」

そう言って、ポケットから黒いスマホを取り出して見せてくれた。

差し出した手首には…不自然な青あざ。

服のサイズが少し小さくて、袖が短くて腕が少し出るのだ。

「誠くん、そのケガどうしたの??」

ギクッ、と怯えた表情で慌てて傷を隠す。

「学校で転んで…」

理由を伝えながらも、目がおよいでいる。

何かを隠している時にする行動だ。

おそろしい想像が頭をよぎるが、今ここで問い詰めても、きっとこの子は本当のことは言わないだろう。

「誠くん、このスマホに僕の連絡先入れとくから、何か大変なことや怖いこと、困ったことがあったらいつでもすぐに連絡して」

「うん…わかった。ありがとう」

LINEを登録し、電話番号も入れておく。

「これでよし…と」

「光にいちゃんのアイコン、ナナなんだね。かわいい」

目を細めて喜ぶ顔に、やっと笑みが浮かんだ。

「そうだ、ちょうどいいところで会った。実はクリスマスプレゼント買ったところなんだ。こんなすぐに渡せるなんて奇跡だ!はい、プレゼント」

「えっ、そうなのっ。僕に?? ありがとう!開けていいっ?」

窓際の休憩スペースで、自販機で買ったカップの温かいココアを飲みながらのプレゼントタイム。

「もちろん、どうぞ」

夢中でガサゴソと開封する。

「わぁ!! ちっちゃいナナだ!うれしいっ、ありがとう!僕大切にするね」

ぬいぐるみにほおずりすると、今度はナナが誠のほっぺたを舐めた。

「くすぐったいよナナ~」

目の前の無邪気な誠を見ていると、尚更家庭での様子が気になってしまう。

さっき見た手首のアザはまだ新しかった。

ということは、昨日母親と同居したその日に何かあったのか…。

不安が脳裏を巡る。


ブブブブブブ…


テーブルの上に置かれていた、誠のスマホが震えた。


ドキッ


一瞬顔色が変わったことを、光は見逃さなかった。

着信画面の名前は

『お母さん』


「も、もしもし…」

恐る恐る電話に出る。

「誠!? お前いつまでもどこほっつき歩いてんだい!?

夕飯買ってさっさと戻っておいで! 」

電話の向こうから母親瑠香の怒鳴り声が響いている。

「わかった…もうすぐ帰るから…」

「こっちだってしんどいのにアンタを迎えに行ってやったんだからね!ちょっとは役にたちなっ、このグズがっ。あぁもう、アンタの声聞いてるだけでイライラするっ。6時までに帰らなかったら家に入れないからねっ」


ガチャッ ツーツー…


言うだけ言って電話は切れた。

夢心地の幸せから現実に戻され、誠の顔に悲しみが溢れた。

「誠くん…おうちで辛いことがあるんじゃないの?」

そっと尋ねても、誠は首を縦に振らない。

「ぼくは…何も言っちゃいけない…言ったらお母さんにお仕置されるから…」

両手の拳を握りしめ、ガタガタ震えながらも歯を食いしばり耐える姿に、やりきれない気持ちになる。

「誠くん、本当に辛い時は、逃げていいから」

その言葉に、はっとなる誠。

母親からの呪縛、暴力や妄言で心を支配されていると、気付かずうちに囚われの身となり、その環境から逃げ出すことも、逃げ道を考えることもできなくなってしまう。

「例え親でも、理不尽な仕打ちをする相手のいうことは聞かなくていい。自分のほんとの気持ち、我慢せず吐き出して、ぶつけていい。君はいずれ、自分の道を歩んでいく。親の犠牲にならなくていいんだ」

「ほんとのきもち…?」

「あぁ。誠くんはまだ幼いけど、同世代の子達よりいっぱいいろんなものをみて、知って、苦しんで、心はおとなになってしまっている。まだ小さな身体の中に、難しい言葉でいうと葛藤って言うんだけど、いろんなきもちが渦巻いてる。だけど誠くんは優しいから、周りに気をつかい過ぎて、自分の気持ちを出せてないように感じるんだ」


クゥン…


そうだよ、と言わんがばかりに、ナナも小さく声を挙げた。

「僕、本当は…ほんとは…」

目に涙をうっすらと浮かべ、誠はボソッとつぶやいた。

「あんなやつ、消えてくれたら、死んでくれたらって思う…こともある…。死ね死ね死ね死ね死ねっ、お前みたいなやつ親じゃない!ふざけんな!人間のクズのクソ野郎が!! 僕はお前の八つ当たりの道具じゃない!死ねーーーー!」

滝のように溢れ出た思いを吐き捨てるようにひと息で言いきる。更に強く握りしめた拳は爪が皮膚をえぐり、手のひらに血が滲んだ。

見たこともないような険しい表情。

低学年の小学生とは思えない顔つきだった。

長年抑圧された怒り、悲しみ、虐待された者の心の傷跡。そこから生まれた狂気、殺意。

母親瑠香の狂気を受け、育まれた息子誠の狂気。

親子の心に隠された恐るべきこの想い。

救いたい…けれど、救うことはできるのか…。

光とナナは声も出ず、ただそっと誠に寄り添った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る