第23話 それぞれの思い

夕暮れ時、光はナナをショッピングカートに乗せ、ホームセンターで買い物をしていた。

ここならペット用品なども扱っているため、そのフロアなら専用カートに乗せていればペット同伴で買い物できる。

お目当ては、犬のぬいぐるみ。

誠がさみしくないよう、ナナそっくりのぬいぐるみをクリスマスにプレゼントしようと考えたのだ。

このホームセンターはペット用品に力を入れており、売り場が広い。

また、ペット用品だけでなく愛らしい動物達のもふもふぬいぐるみや玩具、小物なども品揃え豊富で、動物好きなら見ているだけでも飽きない。

ナナは音に反応して動き出す犬が太鼓を叩くおもちゃに驚いたり、人間の子どものような無邪気な動きを見せて、光を和ませてくれる。


「あら、三澄さんとナナちゃん!お久しぶりです」

通りの向こう側にいる女性が声をかけた。

「あっ、小山さん。この前はどうも」

小山文子。先月公園のラクウショウ下のベンチで語らった、家庭内別居中の女性。

犬好きの彼女は、ナナを見て嬉しそうに頭を撫でる。

ナナもそれに応えるかのように、ブンブンしっぽを振った。

「今日はお買い物ですか?」

「はい。大切な友人の男の子にクリスマスプレゼント。ナナのことをかわいがってくれるので、そっくりな犬のぬいぐるみを贈ろうと思って」

「まぁ、それはとても喜びそう」

「小山さんもお買い物ですか?」

「ええ、息子のクリスマスプレゼント。そろそろひとりでお留守番もさせようと思って、シュンによく似たワンちゃんの鍵カバーとキーホルダーにしようかと」

「それなら大切に持ち歩いてくれますね」

「それと…主人にも何かキーホルダーを贈ろうかと」

「えっ?」

もう2年も口を聞いていないという夫婦関係だと聞いていたので、思わず驚いて聞き返してしまう。

「この前三澄さんに話を聞いてもらって、今年中に話かけてみようって言ってもらったでしょう?毎日チラチラあの人の顔を見る度に、このままじゃいけない、息子のためにもって葛藤の日々で。でもきっかけがないとなかなか勇気も持てなくて…。たまたま玄関に置かれたあの人のキーホルダーみたら、皮が剥がれてボロボロだったの。だから新しいのをクリスマスを口実に贈ったら、話すきっかけになるかなあって」

「それはとてもいいアイデアですね。そしてご自身で行動を起こす勇気を持てたこと、素晴らしいです」

「三澄さんとナナちゃんのおかげです。あの日あそこで出会わなければ、あの人と話してみようなんてきっと一生思うこともなかった」

「出会うべくして、必要なタイミングで人は出会うと思うのです。そこから先の人生をどう生きるかは、その人次第ですけどね」

「そうね…ナナちゃん、もう少し勇気をちょうだい」

首元を抱きしめると、ナナもほおずりして応えた。

「ありがとう…。来年、いい報告ができるといいんだけど」

「春になったら、またあのラクウショウ下のベンチで、僕たち待ってますね」


以前より強くなったようだ。

手を振り去りゆく文子の表情を見て、光は思った。


しばらく売り場を周り、緑色のリボンを首に巻いたふわふわの茶色いラブラドールレトリバーのぬいぐるみを選び、会計を済ますとラッピングを待つ。

選べるラッピング袋とリボンは、キラキラのゴールドラメの入った12月限定のものにした。

ギフトの受取を待つ間の時間が、光は好きだった。

相手が喜んでくれるか、そんなことを思いながらいるとワクワクしてくる。

「お待たせしました」

手のひらサイズのぬいぐるみ、袋に入っても小ぶりなので、これなら誠の手にも馴染みやすいだろう。

子どもセンターで一時預かりされてから、まだ一度も会っていない。

このクリスマスプレゼントもいつ渡せるのか…

そんなことを考えていると、本人の幻がみえた。

こちらを見てにっこり笑っている。

まぼろし…?

いや、ちがうっ。

サービスカウンターの裏側からひょっこり顔をのぞかせているのは、紛れもなく誠だった。

「誠くん!?」

「光にいちゃん!ナナ!」

「どうしたの!? なんでここに…」

「お母さん退院したから、子どもセンターの人と面談して、僕も帰っていいってことになった。昨日帰ってきた」

やはり慣れない保護施設より自宅や母親の元がいいのか、とても嬉しそう。

「ずっとひとりでさみしくなかった?」

「最初はさみしかったけど、みんな優しくしてくれたから。それに朝も夜もすごいごちそうが出たんだよ!トンカツなんて初めて食べたけど、おいしくてお腹いっぱいで、食べきれなくて残したらサンドイッチにしてくれたんだ!お腹減ったら食べてって。毎日ごはんの心配しなくていい生活なんて僕初めてだった。だけど…お母さんはちゃんとごはん食べてるかな、もう死のうとしないかなとか、気になってた。僕だけ幸せになったらお母さんに悪い気がして」

「誠くん…」

彼の言葉に、胸がせつなくなった。

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