第三十三話 魔法科学【後編】

 なつの達の会社で扱っているプログラムはエラーを起こすとアラートが鳴るようになっている。

 目視では見逃すのでその対策がいくつか練られている。


「あんたの作ったシステムはさすが優秀だ」

「篠宮?」


 石碑の裏から姿を現したのは篠宮だ。

 その後ろではパソコンでエラー勧告がされ、それでもデータは流れ続けている。


「お前! それは!」

「もう遅い!」


 高木がなつのと篠宮を押しのけパソコンにかじりついた。

 必死にキーボードを叩くが、それでもプログラムは止まらない。


「オンラインでバグを流した。もうあなたの魔法科学は動かない」

「貴様!」


 血管がはちきれんばかりに高木は顔を真っ赤にした。

 怒りに満ち、今にも篠宮に飛び掛からんばかりだったが、それより早くになつのが高木に飛びついた。


「もう一度作ろう! 今度は一緒に!」

「向坂!?」

「高木さん天才ですよ! 魔術を使えるのは楪様だけなのに、それを作っちゃうなんて天才ですよ!」


 船を瞬間移動させたことは誰もが驚いた。できないことだ。

 けれど高木は今それをやった。楪と同じように、世界間移動は難しくないのだと。


「世界のためになる開発しましょうよ! ルーヴェンハイトは娯楽が欲しいんです!」

「知るか! そんなの勝手にやればいいだろう!」

「できないんですって! それに娯楽を与えることが私たちの仕事じゃないですか! もう一度やりましょう!」

「黙れ!」

「きゃっ!」

「向坂!」


 高木はなつのを引っぺがして放り投げた。なつのはすてんと転がり、篠宮が支えてくれる。


「今更都合の良いことを言うな! 俺を、俺のチームを足蹴にしやがった奴が!」

「違います! 新しい経営陣は高木さんを評価してたからこその抜擢だったんですよ!」

「ああそうさ。会社の土台を作ったのは俺だ。俺のプログラムがあったからお前らは好き勝手できたのに理解しなかった!」

「現場から離れるのは脱落とは違う! あなたこそ次世代を導く人だと皆分かっていた!」

「口先だけは立派だな、篠宮。お前はいつもそうだ」

「違うわ! そうして導いてくれたのは高木さんだって篠宮さん言ってた! それでも気に食わないなら会社作っちゃえばいいですよ! 高木さんを認めない連中に固執する必要ない!」

「向坂の言う通りです。高木さんがいれば魔法科学で起業し拡大も夢じゃない。あなたにしかできない!」

「黙れ!!」


 高木は再びスマートフォンをタップした。するとぽうっと赤いアーガイルのような模様が浮き上がってきた。

 矢田を地球へ送還した時の模様だ。


「それは!」

「高木さん!!」

「オフラインアプリはスマホに移してる。当り前だろう」


 篠宮はなつのを背に庇った。

 けれどアーガイルはくるくると回り続けている。


「これは時間軸もクリアしてる。戻って来るためのプログラムも組んでいる」

「駄目! 戻ったら死ぬよ!」

「死なない!」

「駄目だ! そのプログラムじゃ駄目だ!」

「資材を揃えて戻ってくる。待っていろ!」


 高木が画面をタップした。

 そして次の瞬間、高木は消えていた。


「……え?」

「高木、さん……」


 それはあまりにも一瞬のできごとで、まるで楪が瞬間移動をした時のようだった。

 なつのは呆然と立ち尽くしたが、がんっと篠宮は机を叩いた。


「くそっ!!」

「あの、でも、時間軸大丈夫なら、だ、大丈夫、ですよね」

「……いや。駄目だ」

「え? だって、大丈夫ですよ。ね。大丈夫ですよね!」

「駄目なんだ。この世界は時間軸の他にも狂ってる軸がある」

「軸?」

「緯度と経度だ。俺達は日本からここに来たが、ルーヴェンハイトは明らかにロシアだ」

「そうですけど、でも、ほら。さっき会社のノートパソコン来たし」

「地球からこちらへ呼ぶ分にはそれでいい。双眼鏡で覗いて手を伸ばしたようなもんだからな。けどこっちから地球へ行くのは話が別だ。双眼鏡はオフィスを捕らえていても、踏み出した先はロシアだ」

「え、っと、つまりロシアに出ちゃったってことですか?」

「いや……」


 篠宮はぐっと唇を噛んだ。ぎりぎりと震えている。


「ここはルーヴェンハイトより南だ。どれほど南か分からないが、戻った先に大地があるとは限らない」

「……え?」

「仮に日本だったとしても、うまいこと地面に着地できるとも限らない。もし上空数千メートルだったら……」

「……助からないってことですか?」


 篠宮は小さく頷いた。俯いたその表情は見えない。けれどぽたっと涙がこぼれ落ちたのだけは見えた。

 なつのはぺたんと座りこんだ。

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