第三十三話 魔法科学【前編】

 なつのが振り下ろした小刀がパソコンに刺さろうとした、その瞬間に篠宮がなつのの腕を掴んだ。


「篠宮さん!」

「駄目だ。壊すのは駄目だ」

「なら楪様のとこに戻ってて下さ」

「パソコン壊してもバックアップデータで再生できる。オンラインのシステムごと全データを一括で壊す必要がある」

「篠宮さん」


 篠宮はにこりと優しく、けれど少しだけ寂しそうに微笑んだ。 


「けど俺はインフラ分からないんだよな。どうしたもんか……」


 エンジニアと一言に言っても種類は様々だ。

 篠宮のようにアプリを動かすプログラムを作るのはバックエンドエンジニアと呼ばれ、タロットカードが画面内で動く動作を作るのはフロントエンド。そしてWi-Fiのように基盤の機器がインフラとされる。

 つまり篠宮には、どう壊したら確実に全てを破壊できるかは分からないのだ。目先の一つ二つを壊すのは簡単だが、果たしてそれで全機能が停止するとは限らない。

 失敗すれば二度目の潜入が必要になるが、その間に全機能を他に移動されるだけだ。


「全員連れ出して楪に粉々にしてもらうしかないか……」

「問題は付いて来てくれるかですね」

「……無理だな」


 仮に全員が出たとしても、楪のところへ戻り潰してもらう間はなつのと篠宮で全員集合してることを目視していなければいない。

 とても二人でそんな事はできないだろう。

 篠宮は考え込んだが、ふとなつのの手に何かが当たった。ポケットに入れていたデバッグ用のスマートフォンだ。


(スマホ……)


「そうだ!」

「何だ?」

「バグですよ! 物理的に壊すのは後にして、まずはプログラムだけ一斉に壊せば時間を稼げます! ここオンラインで繋がってるんですよね!」

「……そうか。わざとバグを起こすデータを流せば全部システムエラーを起こす」

「私まだデバッグ終わってなかったからこのスマホはバグです! これを繋いで流せば!」


 なつのと篠宮は顔を合わせて笑った。


「お前の手抜きデバッグが役に立ったな」

「一言余計ですよ」


 なつのはデバッグが苦手だ。ここに来る直前に、エラーを起こしまくってると言われた。


「うちのアプリは全て高木さんのプログラムがベースだ。全てに有効なはず」

「裏目に出ましたね」

「まったくだ」


 篠宮は全ての石碑に繋がっているパソコンとスマートフォンを接続した。

 なつのには何だか分からないが、黒いウィンドウが表示され大量の文字が流れていく。

 何が何だか全く分からないが、篠宮はなるほど、とぶつぶつ呟きながら少しずつ指を動かしていった。

 このまま上手くいってくれることを祈るしかできなかったが、その時バンッと扉を開く音がした。


「こんなところに入り込んだか」

「高木さん!」

「片っ端からやってくれたな。セキュリティ魔法がどれだけ面倒だと思ってる」

「セキュリティ魔法とはまた科学なんだか魔法何だか分からなくなりますね」

「どちらでもありどちらでもない」


 高木はにたりと笑みを浮かべた。

 その手にはスマートフォンが握られ、タップしただけで魔法陣が浮き上がった。


「魔法科学。それが俺の始める文明だ」


 それはなつのが夢見たものだ。

 その全てがこの部屋にあり、なつのと篠宮はそれを壊そうとしている。

 けれど篠宮の作業はまだ終わっていない。


(時間を稼がないと)


 幸いにも高木の位置から篠宮は死角だ。

 なつのは篠宮を隠すように高木に一歩近づいた。


「もう止めましょう。地球に帰ったら死ぬのに続ける意味なんてない」

「死なずに帰るようにするんだよ。時間軸さえ一致すれば問題無い」

「そんな簡単な魔法じゃないですよ」

「魔法はな。だが魔術なら簡単さ」

「魔術は魔法より難しいですよ。もっと無理だわ」

「馬鹿め。魔法の難易度が高いのは血液と魔法陣という異なる素材を一体化させるからだ。その隙間を埋めるものが分からないから難しい。だが魔術は違う」

「え? な、何て?」


 急に意味の分からない説明が始まり、なつのはぱちくりと目を瞬かせた。

 だが高木はふんと馬鹿にしたように笑って説明を続けていく。


「魔術は血液が媒体だ。ただし魔力珠が存在するのではなく血液自体が魔力珠。血液の元素は地球と同じだが、確かに一般的な化学式には一致しないこの世界独自の元素があった。だがそれは魔力珠の元素に一致する。ならそれらを成す新たな化学式を作ればいい。文字に可視化できればあとは魔力珠が勝手に魔法にしてくれる。それが魔法科学だ」

「……あの、そもそも魔力珠ってどうやって魔法になるんですか?」

「図形を通すだけさ。この世界の連中は肉体自体が図形の役割を果たすが俺達にはその肉体が無い。だから肉体を文字列に変換するが、五年もここで生きれば肉体はこちらの人間と同等になる。つまり」


 高木はスマートフォンを机に置いた。その手には魔法陣も何も無い。魔法は使えない状態だ。

 なつのは頭の中がすっかり混乱していたが、それを全て吹き飛ばすことが高木の手のひらで発生した。

 手のひらの上に、炎が灯った。


「は!?」

「これくらいのことはできるんだよ」

「こ、これしきって、凄すぎますよ。何でそんなことまで分かったんですか?」

「馬鹿にするな。ここに来てどれだけ経ったと思ってる。十年だぞ。分からないわけがない」

「普通分からないですよ。ルーヴェンハイトにも地球人はいるけどそんな発展できてない。というかルーヴェンハイト人だって魔法は使えませんよ」

「ルーヴェンハイトは魔法の無い国だ。概念自体が存在しない以上そうだろうよ」

「じゃあ高木さんは魔法使える人に会ったんですか?」

「ああ。この地の先住民は魔法を使う連中だったからな」

「まさか魔術師も?」

「それはいない。ただ文献は多くあった。運が良かった」

「血液の元素? とか、そういうのもですか?」

「それは研究した。位置情報さえ分かれば地球から持ってこれる」

「へ?」


 高木は再びスマホを手に取り、タタッとタップした。

 すると、コンピューター代わりの石碑に刻まれた魔法陣が光を帯びる。

 そして次の瞬間、がしゃんと音を立てて何かが落下して来た。


「ノートパソコン!? これって――あれ?」


 パソコンには養生テープが貼られ、英数字でナンバリングされている。

 書かれているのはWO-109812という文字列だが、なつのはこれに覚えがあった。


「これってうちの会社のじゃないですか!」

「そうだ。座標さえ分かればこの通りだ」

「は!? いや、ちょっと、待って下さいよ。座標って何ですか?」

「緯度と経度だ。世界間移動魔術でタイムラグを埋め、転移先を緯度経度で照準を合わせる」

「へ? 緯度経度ってどうやって調べるんですか」

「それくらい覚えているさ」

「嘘ぉ」


 なつのには何一つ理解できなかった。

 それがそういうシステムだったとしても、地球の緯度経度など記憶していない。


(当たり前のように言ってるけどそんな簡単な話しじゃないでしょ。天才なのでは?)


 なつのが呆然としてると、どこからかピーッという機械音が聴こえてきた。


「……エラーアラート?」

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