第十六話 異国の日本人

 翌日、いつも通り図書室で篠宮と朝倉と三人で本を読み漁っていた。

 基本的に人の出入りが無いのだが、珍しく扉が開かれた。入って来たのはノアだ。

 手にはきらきらと輝くリナリアがある。


「おーい」

「ノア様。どうしたんですか」

「お茶とお茶菓子の用意をしてくれないか。大事な客が来た」

「はあ。メイドの誰かに頼めばいいですか?」

「いや。なつのが用意してくれ。日本人が好むお茶とお茶菓子だ」

「え?」


 ノアはにやりと笑いリナリアを齧った。


「ヴァーレンハイトから日本人が来たぞ」

「「「え!?」」」


 にやにやと笑うノアに連れられて行った先は応接室だった。

 城には一般人が立ち入り禁止の区域があり、その最奥に存在するためなつのは初めて来た。

 それだけでもどきどきしたが、応接室にいた人物はそれ以上にどきどきさせられた。


(な、なんだこの美形は……)


 無駄に高級できらめく家具もかすむほど煌めく男性がいた。

 優雅にティーカップに口を付け、ふわりと良い香りがしている。この世界にこんな食器があることも初めて知り、それがこんなに似合う人間もいないだろう。

 整った顔立ちはイケメンという単語では言い表せないほど美しい。息を呑むとはまさにこのことだ。

 しかしそれでもノアのように、馴染みのない異世界イケメンではなかった。


「日本人、ですよね」

「ああ。こいつはマルミューラド=グレディアース。ヴァーレンハイトの騎士だ」

「え? 日本人じゃないんですか?」

「日本名は棗流司だ。八年前、十歳の頃にこちらに来てマルミューラドの名を貰った」

「え? 今十八歳ってことですか?」

「そうだが」

「嘘でしょ! 十八歳でこんっな整ってるってヤバいでしょ!」

「……は?」


 しんと室内は静まり返った。

 篠宮はため息を吐いたが、マルミューラドは顔色一つ変えずにティーカップを置いた。

 そしてなつのをちらっと見ると嫌そうな顔をして鼻で笑う。


「どこの女も俺の顔を好む」


 これにも室内は静まり返った。

 ノアはうんうんと頷いているが、なつのは余りの発言に呆れてひくひくと小鼻を揺らした。


「ないわ~……」

「お前ごときにどう思われようがかまわん」

「ごとき!? あんた年上に向ってどういう口のきき方よ! そんなカタコトで!」

「何だと!?」

「向坂、それは単なる悪口だから止めとけ。ええと、マルミューラド? お前も血としては純日本人なんだな」

「ああ」


 日本人ではあるのだろうが、こちらの世界の人間と言われても納得できるような雰囲気がある。

 幼い頃から異世界生活なら異世界に適応した成長するのかもしれない。


「そんなことよりさっさと話しを進めろ、ノア」

「話って何よ」

「お前には言ってない」

「は!?」


 馬鹿にするような口ぶりで言われ、なつのは思わず立ち上がった。

 マルミューラドはつんっと涼やかな顔でなつのを無視してティーカップに口を付けている。


「向坂。止せって」

「だって!」

「大人なら大人になれって。座れ」

「……はい」


 まるで子供のような注意をされ、しぶしぶなつのは椅子に戻った。その姿を見てマルミューラドは鼻で笑い、苛立ったが篠宮にどうどうと手綱を引かれて何とかこらえる。

 そして、くすくすと笑っていたノアはようやく口を開く。


「これでも優秀なんだ、マルミューラドは。魔法研究はヴァーレンハイト随一。武にも優れ、成人すればアイリス皇女の親衛隊隊長は確実といわれている」

「お前もアイリス皇女を探してるのか」

「当り前だ。このままでは国民が死ぬ。いい加減捜索を止めてもらわなくては地下水脈も限界だ」

「水脈? そんなものがあるんですか」

「ああ。グレディアース老――俺の養祖父が発見し、皇族の目に触れぬよう隠している。国民の命綱だ」

「んで、老は打倒皇王派を束ねている方でもある」

「……え? つまりこれ戦争始めましょうっていう会議ですか?」

「その通り」

「は!? そんな会議に参加させないで下さいよ!」

「何故だ。お前もアイリス様を探す一員なのだろう」

「そうだけど、それは成り行きで仕方なく」

「仕方なくでも一度引き受けたのなら達成に尽力すべきだ。多くの民が死にゆく現状を軽く見るとは、貴様の器もたかが知れているな」

「何ですって!?」

「落ち着け、向坂。大人になれ」

「そうそう。こういうとこはまだ子供なんだよ」

「は~!? 偉そうなこと言って自分は子供で許してもらおうって!? 社会人なめんじゃないわよ!」

「ふん。俺に社会を語るなら魔法生物の一つも育ててみるんだな」

「魔法生物? 何よそれ」

「リナリアだよ。あれはマルミューラドが育てた魔法生物なんだ」

「え? あれ植物じゃないんですか?」

「ルーヴェンハイトで育ててるのはそうだ。けど大元はマルミューラド」


 ノアが目配せをすると、マルミューラドはその容姿に不釣り合いな籠をどんっとテーブルに置いた。

 その中にはリナリアが詰め込まれているが、なつのはきょとんと首を傾げた。


「……これ本当にリナリア?」


 形状と色味は同じだが、輝きは全くの別物だった。

 まるで星が生まれて来るかのようなきらめきはラメなんかとは比較にならない。


「ルーヴェンハイトのとは全然違う」

「当然だ。これは俺が手をかけて育てている。百個育ててうまくいくのは十個も無い」

「魔法生物ってのはどういうことだ」

「概念だな。果実を人体に見立てて果肉に魔力珠と同等の成分を凝縮している。人間の姿ではないが、そういう意味で生き物だ」

「うげっ」

「魔力珠は人為的に作れるのか?」

「加工するだけだ。天然の魔力珠を分解して注入する」

「注入? 注射器で入れるみたいな?」

「そうだ。ただ魔力珠は血液と魔力物質という異素材の二つを作る必要がある。人の体内であると誤認させる必要があるから果肉にも、まあ、特殊な方法で手を加える」

「へえ。それはどうやるんだ」

「一言で表すのは難しいな。この世界にはあらゆる魔法物質があり、それが全て地球の元素に匹敵する。それを組み替えて――」


 一体どこでどうなったのか、話は急に医学だか科学だかに変わっていった。

 以外なことにノアも参戦してわいわいと盛り上がっている。

 ご丁寧にリナリアをカットし果肉を観察してああだこうだと議論する。

 なつのは参加することなど考えるわけもなく、早々にリタイアしてリナリアに手を伸ばした。


(魔法生物ねえ。普通の果物だったけど)


 成り立ちはどうあれ味はとても美味しかった。

 一口食べようと口に放り込んだ。


「馬鹿! 食うな!」

「んむ?」


 突如としてマルミューラドが声を上げた。

 その声に驚き、なつのはごくりと飲み込んでしまった。


「ごめん。食べちゃっ」

「吐け!」

「は? 吐いてどうすんの。まさかあんた食べるの?」

「馬鹿言ってる場合か! 吐け!」

「ちょっと! 止め――」


 マルミューラドに顔を掴まれて、わけもわからず暴れた。

 けれどその時だった。

 急に視界がぐにゃりと歪み、なつのはその場に倒れ込んだ。


「向坂!?」

「う、うっ……」


 内臓が沸騰しているようだった。

 身体が熱くて皮膚が焼けているようで、ぐるぐると身体を掻きまわされているうちになつのの意識は途切れた。

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