第17話 とある王女様のお怒り

 シュウ様はスースーと浅い呼吸を繰り返して、ぐっすりと眠っています。


「ふふふ、相変わらずお可愛い寝顔ですね」

「オフィリア様……シュナイダー卿の館に着きました」

「しー。お静かに」

「彼は、オフィリア様の魔術によって眠っているのですから、問題ないかと思いますが……?」


 マライアはいつの間にか私の目の前に姿を現していました。


 相変わらず隣国リアーデ王国の暗部所属のスパイとしての能力は高いようです。


 しかし私とシュウ様の二人だけの時間を邪魔するとは……がっかりです。


 マライアの赤い瞳が、スッと細められました。


「それで、わざわざ姿を現したのですから……他に何か用があったのですよね?」

「正直、オフィリア様がなぜこのようなことをなさっているのか理解できません」

「ふふ、このようなことってどんなことですか?」

「オフィリア様が、たかだか魔術の才能が少しばかり秀でている貧乏貴族に執着していることです」


 マライアは静かにそれでいてどこか投げやりな口調になりました。


 執着ですか……。

 シュウ様の中にある輝きを感じたことがない者にとってはシュウ様の魅力はわからないでしょうね。


 たかだか魔術の才能が少しばかりあるですか……。

 確かに才能はお持ちですが、それだけではありません。


 領民、領地、そして家族を大切に守ろうとする気高さ。

 守ろうとするもののためならば、例えどんな汚いことでさえも目を瞑る。


 そんなシュウ様の愚かさに見え隠れする信念……全てが愛おしいのです。


「マライア……あなたは本当に何もわかっていないようですね」

「ええ、私にはわかりません」

「ふふふ、シュウ様は——」

「それに——国王様が知ったら何と申されるか」


 マライアは強引に私の話を遮りました。


 どうやら相当怒っているようです。


 はあ……流石にこのタイミングでお説教が始まるとは思いませんでした。


 ……興醒めですね。


 でも、シュウ様の寝顔に免じて許してあげます。


「お父様の件については問題ありません。この1ヶ月もの間、そのために公務に勤しみ色々と準備をしてきたのですから……マライア、あなただって近くにいたのですからお分かりですよね?」


「私は……オフィリア様がまさか彼と肉体関係にあると知っていたら協力は致しませんでした。これでは婚約者であられるアンナ様があまりにも——不憫です」


「何を言っているのですか?アンナ様は自業自得ですよ?一度だけの過ちに薄々と感じていながら肝心なことは何一つシュウ様に確認していないのですよ……?一度だけの過ちですぐに冷める程度の想いなのでしたら……それまでのことだったと言うことではありませんか?」


「しかし、オフィリア様の行っていることは、王女としての品格に——」

「ねえ、マライア?あなたが先ほどから私に対して忠告をしてくれるのはすごくありがたいのですよ?しかし——少し立場をお忘れになっていませんか?」

「——っ!」

「あなたは隣国のリアーデ王国のスパイとして情報を流していましたよね?そのことをいつでも告発できることをお忘れになったのでしょうか。当然、あなたのことが明るみに出てしまったら、私とあなたの本当のご主人様であるサーバス王子との婚約も破棄どころか……あなたのせいで戦争になってしまうかもしれませんよ?」


 マライアは悔しそうに下唇を噛んで、キッと赤い瞳で睨んできました。

 

 わずかに身体から魔力が逆流してくる気配を感じます。


 さすがに従属の魔術よりも強い精神支配奴隷魔術を付与して正解でしたね。


 奴隷魔術のお陰で、少なくとも直接的に危害を加えることができません。


 だから悔しそうな表情を浮かべることで、精一杯の抵抗をしているようですね。


 ふふ、初めからおとなしくしてくだされば、このような自明なことを口に出さなくても済みましたのに。


 マライアは恭しく頭を下げました。


「……申し訳ございませんでした」

「いえいえ」

「それでは、私はこれで失礼——」

「ああ、そうです。シュナイダー卿の舞踏会に参加しますので、代わりのドレスを持ってきてくれますか?」

「……」

「これからシュウ様との情事で匂いが着いてしまうでしょうからね、ふふふ」

「……かしこまりました。すぐに手配いたします」


 マライアは何か言いたそうにしましたが、結局何も言わずに馬車を降りて行きました。


「さて……シュウ様。やっと二人きりの時間になりましたね」

「……ん」

「寝言でしょうか。ふふふ、お可愛いこと」


 シュウ様の黒い髪を撫でていると、くすぐったそうに顔を背けました。

 ああ、なんと愛おしいのでしょう。


 この1ヶ月間、シュウ様に触れるどころか、王宮内でも一度もお姿を見ることもできなかったので……もう、我慢できません。


 私は着衣を脱いで、シュウ様にかけている魔術を少しだけ解除しました。


 シュウ様は半分ほど目を閉じたような寝ぼけた表情で言いました。


「……アンナ?」

「ええ、アンナですよ?」


 ああ、こんなに優しく微笑むのですね。

 もう少し早くシュウ様と出会っていれば、こんなにもまわりくどいことをしなくてもすみましたのに……


「ほんと、シュウ様って罪作りなお人ですよね」

「……様?」


 危ないところでした。

 記憶が混濁しているうちは、アンナ様のフリをしなければなりませんでした。


 アンナ様の口調はどのような感じでしたでしょうか。


「ううん、なんでもない」

「……そうか」

「そんなことよりも、ほら……仲直りしよ?」

「ああ……さっきはごめ——っ!?」

「——ん」


 私は無理やりシュウ様の唇を奪いました。

 唇、耳、首筋、鎖骨、シュウ様の色白い肌に何度も何度も口付けを繰り返しました。


 ふふ、くすぐったそうに少し身をよじる姿も愛おしい。


 それから私たちは何度も快楽を味わいました。

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魔術舞踏会で婚約者と抜け出したはずだったのに、気がついたらヤンデレ王女様が隣にいた 渡月鏡花 @togetsu_kyouka

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