第9話 王女様の奴隷として……

 クリーム色のバスローブを羽織って、オフィリア王女はベッドに腰掛けた。


「ふふ、思い出しましたか?」

「アンナと入れ替わったのか」

「パチパチ、正解です。アンナ様の強引なお誘いは少し驚きましたが好都合でした。入れ替わるチャンスが来たんですからね」

「……無事なんだよな?」

「ふふ、殺してはおりませんからご安心ください。ちょっと魔術で気を失ってもらいましたが……ふふふ、今頃は学院の保健室で目を覚す頃でしょうかね」


 まさかオフィリア王女とアンナが入れ替わっていたなんて全く気が付かなかった。


 いや……違う。

 確かに違和感はあったはずなんだ。

 

 今になって……そう思う。

 おそらくオフィリア王女はオレに酒を飲ませることで酔わせて魔術的な違和感を抱かせないように……思考を奪ったんだろう。


 それに変化の魔術が強制的に解かれてしまう深夜12時までになんとかあの場所から連れ出したかったから……多少強引にでもオレを学院からこのホテルへと移動させたかったのか……。


 ここまではいささか冷静になった頭で導き出せた。


 しかし、肝心なことは何もわかっていない。


 なぜオレを——


「ふふ、今のシュウ様は、なぜわたくしがあなた様と肉体関係を持ちたかったのか、その理由を知りたいという感じでしょうか」

「ああ、全くわからないな。あんたにメリットはないはずだろ」

「ふふふ、メリット……?そんなの決まっているではありませんか」

「どういうことだよ?」

「わたくしは、シュウ様、あなた様のことを愛しているんですよ」

「……」

「それ以外に理由なんてあるわけないじゃないですか」


 どこか幼い子どもを叱る母親のように慈悲に満ちた声で、オフィリア王女はつぶやいた。


 オレのことを愛しているだと……?

 ますます意味がわからん。


 ただ一つわかることは、どうやらこのお姫様は一時の恋愛感情に負けたことだ。

 

 普通、王族として政略結婚をするために綺麗な身体のままでいることが重要なはずだ。だからこそ簡単に一線を越えることなんてない。


 まして底辺貴族の男と肉体関係なんて持たないだろ。

 普通に考えれば、デメリットしかない。


 大袈裟にいえば、王国の存亡に直結するかもしれない王族の婚姻の問題だ。

 それを自らの軽はずみな行動で放棄したんだ。


 ……くっそ、わからない。

 いや、今はオフィリア王女の行動の真意を分析している場合ではない。


「それで、オレに何をさせたいんだよ?別の目的があるんだろ?」

「ふふ、いえ、これまで通りで問題ありませんよ」

「は?」


「ですから、今まで通りアンナ様とお付き合いいただき、結婚でもなんでもなさってくれても構いませんよ?あるいは、わたくしと正式に婚約していただき、アンナ様を第二夫人として娶るという方法でも構いませんけれども……しかし、プライドの高いアンナ様はそのようなことお許しにならないでしょ?」


「どういうことだ……?今まで通りアンナと一緒にいたら……王女様の方だって快くは思わないだろ?だから、その……あんたはオレのことをその……」


「ふふ、愛していますよ」


「……だったら普通にしてろって、オレが他の女とよろしくやっていても何も感じないのかよ」


 くっそ、なんでオレは王女様の真意なんて聞いているんだ。

 しかも自惚れたような発言をしてしまった。


 だめだ。全く冷静になんかなれていないではないか。


「ふふ、確かに嫉妬で狂ってしまうかもしれませんね」


 なぜかオフィリア王女はおかしそうに口元を隠して笑った。

 そして、スッと目を細めた。


 ああ、きっと、このサディスティックに人を見下すような雰囲気……この姿が王女様の本性に近いんだろう。


「ところで……シュウ様はこれから王宮魔術師として王宮で働くことになりますよね。ですから——わたくしとはいつでも王宮で会えますね?」


「アンナに黙って、あんたに付き合えばいいってことか?」


「いえいえ、ただ付き合って欲しいのではありませんよ。一生、わたくしと一緒にいてもらいたいんです」


「それは……魔術舞踏会の時のように一緒に行動するとか、そういうお付き合いってことじゃないんだよな」


「ふふ当然ですよ。わたくしはシュウ様を愛しているのですから」

「オレは…………アンナが好きなんだ」

「ふふ、一瞬迷ったということは心の底から愛しているわけではないのではありませんか?」

「そんなことは——」

「あ、そういえば!ハルミントン家の財政はあまりよろしくないみたいですが……シュウ様の妹様や弟様のこれからの生活は大丈夫でしょうか」


 わざとらしい表情で、オフィリア王女はオレの言葉を遮った。

 白々しいにも程がある。


 オレの領地の事情なんてとっくに調べて把握しているはずだ。


 卑怯にもほどがある。


「……」


「まあ、お答えになれないほど逼迫ひっぱくした状況なのですね?ふふ、そうですね……もしもわたくしとの契約を結んでくれるのでしたら、未来永劫、ハルミントン家は安泰ですよ。しかし……もしも契約してくれないんでしたら……わかりますよね?」


 ああそうだ。

 はじめから選択肢なんてない。

 

 ハルミントン家……妹と弟の生活を維持すること。

 何よりも抱えている領民たちを守ること。

 

 やるべきことは決まっている。


 オフィリア王女はなぜか口元に笑みを浮かべた。


「ねえ、シュウ様?わたくし、あなた様に助けられてからずっとお慕い申し上げておりました。ですから……未来永劫、愛し合い続けましょうね?」


 オフィリア王女は立ち上がって、オレの元へと近づいてくる。


 そして——ローブを脱いだ。

 しなやかで優美な身体がオレへと寄りかかる。


 華奢な腕がオレの腰をギュッと抱きしめて、しっとりとする体温が伝わってくる。


 ラベンダー色の濁った瞳が、オレを覗き込む。


「ふふ、これからは、アンナ様に見つからないようにお会いしなければなりませんね。それに——」

「……」

「ふふふ、わたくしとアンナ様、どちらが先に身籠るか楽しみですね……?」


 オレはぎこちない笑みを返すことしかできなかった。



                          (完?)

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