メイドの少女(少女?)
私は今、館の応接間だろうか?そんな豪華な部屋でもてなされている。
「お茶をお持ちしました。」
と金髪の少女は言う。
その尖った耳と、蒼緑の眼、そして整った顔を見るにエルフか、妖精か、おそらくエルフの少女なのだろうが。
あの後、開いた扉からひょこっと彼女が顔を出してきた。
少女は狐を一瞥し、そしてそれから彼女を覆う大きな影に気づいたのかこちらに目線を移した。
少女はこちらを見るや否や「アラートさん...?」と見当違いな名を挙げ、すぐに間違えだと気づいたのか慌てた様子で私に館に入るよう促してきた。
そのまま、されるがままにここまで案内されたというのが事の顛末だ。
様子を見るにこちらに敵意や害意を持っている様には見えない。
あれだけ神経をとがらせて警戒していた時間は無駄だったわけだ。
とにかく、思考を落ちつけるためにも一度お茶に手を伸ばす。
お茶にはあまり詳しくないが、恐らくこれは薬茶といった種類の物だろう。
「...あのー」
「ああ、すまない。」
「あっいえ大丈夫です...それで、一つお聞かせ願いたいことがあるんですけど...」
「構いません。ただ、もう一杯お茶を淹れていただけますか?」
「もう一杯ですか?」
「ええ。」
分かりました、と部屋を出て彼女はどこかに、おそらくはキッチンに向かっていった。
しかしこの館の内装は外と違ってきれいに手入れされている。
彼女がやっているのだろうか。
「お茶を淹れてまいりました。」
そんなことを考えていると、彼女が熱々の薬茶の入ったティーカップを乗せた盆をもってこの部屋に入ってきた。
「すいませんね。それはそちらに置いていただけますか?」
そう言って私は、今私が座っている席とは対面の位置にある席の前のテーブルを指す
「ここでしょうか?」
「ええ、それと、そこに座っていただけますか?」
「よろしいんでしょうか?」
「ええ、勿論です。むしろあなたのように可憐な女性を突っ立たせていてはきっと罰が当たるでしょう。」
「では...失礼します。」
「所でこのお茶は?」
「あなたの分ですよ。長話のお供にお茶は最適ですから。」
「お気遣いいただきありがとうございます。」
「いえいえとんでもない、結局淹れたのはどちらもあなたですし...このままだと同じ問答が続いてしまいそうですし、本題に移りましょうか。」
「ありがとうございます。では...」
「あなたはアルバディアス・ハザードさんでよろしいでしょうか?」
「ええ、如何にも。その話はやはり祖父から?」
「はい、アラートさんにハザード様がこの別荘を継ぐまでこの館の管理を任されました。」
「なるほど、それで館の中はこれほど綺麗だったのか...」
「私は使い魔なので、この館から外には出られないんです。なので外の整備はどうしてもおろそかになっていて...道中大変だったでしょう。」
よく彼女の首周りを観察すると、使い魔契約の紋章が浮き出ている。
なるほど、こいつが彼女をこの館に縛り付けている原因らしい。
話が終わったら取っ払ってやらねばならんだろう。
「なるほど、家の者がすいませんね。」
「そんなことないです。」
「そうだ!もう一つ渡さなきゃいけないものがあるんです。少々お待ちください。」
そういうと彼女はいそいそと部屋を出ていった...と思ったら何か大きな本を持ってすぐに戻ってきた。
「...これは?」
白い表紙に羊皮紙のページのその書物は、アルバディアス魔法大全と銘打たれている。
「アラートさんが生前熱心に記されていた研究資料です。」
「これをもらっていいのかい?」
「はい、ただそれはまだ不完全です。」
「不完全?」
「はい、幾つかまだ書かれていないところとか、研究途中のところとかがあるんです。」
「それでアラートさんはこの本をハザード様に完成させていただきたいと。」
「ふむ...それを見せてもらえるかな?」
どうぞと少女はその大きな本を私の元へ運んできてくれた。
なるほど、ミミズが這ったような乱雑な文字と適当に描かれた図はまるで古文書か何かだ。
解読には時間を要するだろう。
「ありがとう。これは私が預かっておこう」
「はい。」
「そうだな、それじゃあ、君のその紋章を外そうか。」
「いいんですか?」
「ああ、少しこちらに来てもらえるかな?」
その少女は椅子から立ち上がりこちらに歩み寄ってくる私も席を立ち、彼女の前に立つ。
かなり身長差があったので膝をかがめて彼女の首元の紋章に力を籠める。
紋章は彼女の首から浮き出て、そして黄金に光輝き始める。
その光はどんどん強くなっていき、やがてこの部屋の照明の明るさを超えるに至った。
その光を直視するのがつらくなってくるころ、紋章にひびが入りそれを皮切りにまるで蜘蛛の巣のようにひびが広がり、全体に広がったと思わしき直後、紋章は割れて光の粒子となり吹き飛んだ。
「これで君は自由だ。」
「帰る場所があるなら私がそこまで送っていこう。」
「ここを出たいならば出て行ってくれて構わない、金がなかったりして困ったことがあるならなんでも相談してくれ。」
「私は...」
「私の帰る場所はここです。」
「今までの数十年間、仕事に不満を感じたこともこの館から出ていきたいと感じたことは一度もありませんでした。」
「もしも許されるのなら、まだここで働かせていただけませんか?」
彼女はそういった。
勿論私にそれを断る理由はない。
この広い館の掃除をしながら研究をするなんていう芸当は私にはできないだろう。
しかし...
「本当にいいのか?」
「はい」
彼女の決意は固いようだ。
「分かった。気が変わったりしたらすぐに言ってくれ。」
「えーっと、そういえば君の名前を聞いていなかったね、名前を教えてくれるかい?」
「アラートさんからはシンセティックと。」
「シンセティック?シンセティック...シンセティック、フォトシンセティック?」
「まあいいか、シンセティックさんだね?」
「シンセティックで構いません。好きなように呼んでいただければ。」
「そうか。ならば私のことも様付けで呼ぶのはやめてくれ。」
「でしたらハザード...さん?でしょうか」
「そうだね、前の職場では先生と呼ばれていたかな。」
「では...ハザード先生、でどうでしょうか?」
「いいね、あと、もうちょっと砕けた感じっていうかあんまり気を使わないで接してくれると嬉しいかな。」
「善処します。」
「じゃあ早速だがこの館の案内を頼んでもいいかな?」
「はい!お茶はお下げしますね。」
「ああ、ありがとう。」
気づかなかったが、いつの間にか飲み干してしまったようだ。
テーブルに置いたアルバディアス魔法大全をぱらぱらとめくるとやはりミミズが這ったような文字とインクをぶちまけたような図解図示が描かれている。
はあとため息をついた。
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