第33話

 安綱から作戦成功・撤退の合図を受けたクラウ=ソラスは、将軍の居場所を吐かせようと捕まえていた兵士を手放しした。


「あらぁ? もう撤退していいみたい。安綱の奴、自分で見つけられたのねぇ。ざぁ~んねん! 兵隊さん、続きはまた今度シましょ?」


 そうして、颯爽と窓を叩き斬って機体の上に移動した。

 吹きすさぶ風に髪を靡かせ、遥か地上にフラムグレイス独立国を見下ろす。自分たちが守った国を。そして、これから帰るべき場所を。


「いくら魔剣でも飛べるわけないけど~。剣の形態で突き刺されば、ちょぉっと骨にヒビ入るくらいで済むわよねぇ?」


 ぐいぐいっと身体を伸ばし、準備運動よろしく飛び降りる用意をしていると、機体から落下していく物体が目に映った。


「あれは……?」


(まさか、水爆を――?)


 慌てて目を凝らして確認すると、それは先日英軍内のサーバーをハッキングした際に見た最新の毒ガス兵器だった。


「まっずい……! ハワードの奴、安綱にやられる前にしてやったってわけ!? ディア! スコット君!」


 無線からの鬼気迫る呼びかけに、スコットは思わずびくりと肩を跳ねさせた。


「わわっ。クラウ=ソラスさん!?」


『そっちにとんでもない毒ガス兵器が落ちていく! 爆発したら、ひとたまりもないわよ!』


「えっ!? 毒ガスですか!? 水爆じゃなくて!?」


『水爆の方は厳重に管理されているせいで手が出せなかったみたい! でも、散り際に一発やられた! 効果範囲が国内まで及ぶかはわからない。けど、そこにいる人間は軒並みお陀仏でしょうね! お願い、なんとかして!!』


「そんな……!」


 わたわたと自身の装備を確認するも、都合よく対毒ガス用のマスクなど持っているわけもない。

 それに、もし国内にも被害が及ぶのだとしたら、ここで止めなければ――


(でも、どうやって……!?)


 途方に暮れていると、遥か上空に黒い物体が見えてきた。


「アレか……!? あああ、どうしよう!! せっかくここまでうまくいったと思ったのに!」


 頭を抱えて取り乱すスコット。その手を、アロンダイトが握った。


「私を使って、スコット」


「え……?」


「私は、乙女の魔剣――そして、裏切りの騎士の魔剣、アロンダイト。でも、たとえ裏切り者だとしても。騎士として何かを、誰かを、守ることに関しては――絶対に負けない!」


「アロンダイトさん……」


「お願い、信じて」


 碧い瞳にまっすぐに見つめられ、スコットはその《願い》に応えた。


「……わかった。君を、信じるよ」


 彼の魔剣はにっこりと笑みを浮かべると、その身を黄金の剣へと変える。

 その刀身は淡く輝き、湖面に映った月のように揺らめいていた。

 まるで全てを愛し包みこむ、乙女の抱擁のようなあたたかさ。


「これが、君の、本当の姿――」


『ふふ。見惚れてないでしっかり握って? さぁ、来るわよ――』


 手元の魔剣に促され、スコットは今一度上空を見上げた。

 飛来する、黒い災厄。


「アレを――斬るの?」


『ええ。斬った瞬間に魔法を発動させる――浄化の魔法よ。切り口から中を浸食、分解して、毒を消し去るの』


「つまり、電気分解ってこと……?」


『夢がないわね。魔法よ、魔法』


 ふわりと笑う魔剣の声に、不可能などないと思った。

 その美しい柄を握りしめ、スコットは構える。すると、頭の中に声が響いた。


(このフレーズは――)


「スコット、跳んで!!」


 地を蹴ると、光の乙女の加護を受け、雷光の如き疾さで景色が駆け抜ける。

 風を切り、人間離れした動きで眼前に鉄塊を捉えると、スコットは迷うことなく一閃した。頭に浮かぶフレーズを、ふたりで唱えながら。


「『――【清廉無垢なる乙女の魔剣アロンダイト・ヴァージン・ヴェイル】』」

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