第32話

      ◇


 コントロールルームに着いた安綱は、多数のモニターをしかめっ面で眺めるハワードを見つけた。先程まで艦内で散々暴れまわっていた幼女を前に、ハワードは目を見開く。

 動揺に翠の色の瞳は震え、上品に整えられたアッシュブロンドはのけぞった勢いで乱れてしまっている。その様子ににやにやと、手にした妖刀の峰で肩を叩く幼女。


「きひひ……! スコットに聞いてた、『ちょっと小綺麗なおっさん』……見つけたぞぉ! 胸のバッチがピカピカいっぱい……間違いないなぁ!」


「貴様っ……! 魔剣の――!?」


「だったらどぉしたぁ!」


 ぎらりと光る妖刀の刃。桜の花弁を散らした紋様の浮かび上がる、世にも美しい刀剣だ。世界最高峰の人型自律兵器を前に一対一という絶体絶命の状況にも関わらず、思わず喉がなる。


(ほ、欲しい……!)


 片手で妖刀を遊ばせながらじりじりと迫る幼女に、ハワードは両手をあげた。


「ま、待て! 刀を下ろせ! 話せばわかる!」


「あぁん?」


「君は魔剣なんだろう? 魔剣は希少価値の高い鉱物を好んで食べるというな? 宝石ならば、いくらでも好きなものをくれてやる! 人間の私にはどんな味がするのかわからないが、我が家の宝物庫にならばきっと、君の好む美味しい宝石もあるはずだ!」


「なんだ、それ? お菓子くれるってことか?」


 きょとんと首を傾げた幼女に、ハワードは愚かにも光明を見出した。

 だが、もう遅い。


「はは~ん、残念。わたちは約束したからなぁ。国のヘイワに手を貸すって。約束は守らなきゃなんだぞ! さぁて、今日の獲物は~♪」


「くっ、やむをえまい……!」


 ハワードは胸ポケットから素早く拳銃を取り出した。浴びせられる銃弾を躱し、桜色の刃がひらりと舞う。無邪気に着物の裾を躍らせ、妖刀は、小さくて愛らしい口から『きひひ!』と笑みをもらした。


「――お前だぁ!!」


「うぐっ! な、にを――」


(痛くない、だと……?)


 ズバンッ! と豪快に心臓付近を斬りつけた安綱は、抱き着くようにして自身の胸元を傷口に密着させる。


「ふん。いくらイケメンだろうが、おっさんに興味はねぇンだけどなぁ。まぁ、これがリリィのシアワセの為なら、しゃーないなぁ……」


「くそっ、離れろ! かくなるうえは――!」


 そうして、ふたりの鼓動が重なり――


「――【童子切安綱・御霊移し】」


 小さく呟いた次の瞬間――安綱の胸元にはピンク髪の幼女が目を閉じ、おさまっていた。


「きひ……きひひひ……!」


 かっちりと軍服を着こなした男が、口元ににやりと笑みを浮かべる。

 そうして、幼女の着物の胸元から通信機を取り出すと、言われた通りにオンにして、クラウ=ソラスへ撤退の合図を送った。


「これでよし! にしても、こいつ背ぇ高いなぁ。なんだか落ち着かん……でも、たまにはいいな、男の身体も! 巨大ロボになった気分だ! ほらほら、力もいつもの数倍出るぞ! おりゃあ!」


 ガシャアン! と手元のパネルを叩くと、全ての無人偵察機からの映像が送られる数億円のモニターが壊れる。

 『きはははは!』と、心地よいテノールボイスを不気味に響かせ、安綱は人が集まる方に向かった。


 将軍閣下が突如として幼女を抱えて現れたことに、コックピット周辺は色んな意味で緊迫に包まれる。

 さっきまで暴れていた幼女を、閣下がひとりで倒したのだろうか?

 閣下のシャツの襟が折れているなんてありえない。

 それに、腕に収おさまる幼女の着物も胸元が乱れているようだが、いったい何があったのだ?

 閣下はまさかあの子に手を出し――ううむ、ロリコンだったのか?

 それよりも、非常事態宣言が出されて大半の兵士は離脱してしまった。おそらく、閣下の命に反して。なんと説明すればよいのか。残った者でこの場をどう凌ぐ?


 ドクドクと冷や汗が兵士たちの頬を伝う。

 そんな中、ハワードに乗り移った安綱は近くの兵士に声をかけた。


「おい、そこの奴」

「はぃっ!」


「リリィの身体を寝かせたい。きれいでふかふかのベッドはあるか?」

「ベッド……ですか?」


(リリィとは、その腕の中の少女のことか? ベッドって……どういう意味? 仮眠用のものでいいんだろうか? それとも添い寝用? でも、こんな年端もいかない子を……? いくら閣下でもダメだろう……!)


「ベッドはあるのか!? ないのか!?」


「へ、兵士の仮眠用のものでよければすぐにご用意できますっ!!」


「安置できるならそれでいい。あ、でも。目が覚めて暴れられると困るから、拘束したほうがいいか」


「こ、拘束ですか!? そんな幼い女の子を!?」


「だって、逃げたら困るだろ?」


 平然と言ってのける上司に、開いた口が塞がらない。

 『とりあえずここでいっか』と指令席に幼女を座らせるハワード将軍。そうして、近くにあったブランケットを満足そうに幼女にかけると、おもむろに要求した。


「よし、お前! 菓子を寄越せ」


「……はい?」


「ええい、なんでもいいから美味なる菓子を寄越せ! イギリスにもあるんだろう!? 伝統があってめちゃくちゃ美味い菓子が!!」


「あの……将軍閣下……?」


「いいから、四の五の言わずにさっさと食わせろ! とらやの羊羹にも負けない、赤福のように中毒性があり、六花亭のバターサンドの如き衝撃を与える菓子をなぁ!!」


 安綱がバァン! と勢いよく壁を殴ると、バリッと変な音がして、得体の知れないボタンが押される。


「……ん??」


「「……ッ!!!!」」


 一斉に慌てる兵士たち。そのボタンは、暴走などの非常事態に備え、自律稼働兵器を遠隔操作で自爆させるスイッチだった。どうやらその一機がこの将軍専用機の近くにいるらしい。


「退避っ、退避―! 九時の方向、自律小型機の反応あり! 急旋回して避けろ!!」


「小型機なおも接近中! その距離、五百、四百……ダメですっ、間に合いません! 爆発に巻き込まれます!!」


「馬鹿者! そこを何とかするのが将軍直属操縦士だろうがっ!」


「自爆カウント十秒前! 九、八、七……!」


「お? おっ、おっ? なんだ?」


「将軍閣下も! 危ないのでどこかにお掴まりください!」


「え? ああ、うん……」


「総員、掴まれ!!」


 エンジンの震える音がし、機体は一気に急降下を始めた!

 次の瞬間――


 バァァアアアンッ……!!


 まさに間一髪。専用機の上空すれすれで小型機は爆発した。

 その火花を窓から眺めた将軍は――


「おぉ~! 綺麗な花火だなぁ!! 英国人も粋なことをするものよ! さ、いいものも見れたし英国に向かうとするか! 全軍、撤退~!!」


 幼女の如くきゃっきゃと騒いで、両手を拍手したのだった。


 しかしそのとき。ハワードが魂を入れ替えられる寸前にとあるスイッチを押したことを、誰も知らなかった――

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