カリーナ夫人とシャロン叔母さま 1

「こっちじゃないわ!!絶対にこっちにすべきよ!!」

「いいえ!!アイーシャの輝きを活かすのならば!こっちのドレスが相応しいわ!!」

「「ねえ!アイーシャ!!あなたはどっちが好み!?」


 アイーシャの目の前には2着のドレスがあった。

 シャロンの持つ水色で水の精霊をイメージしたであろう上品な作りのマーメイドラインのドレスと、カリーナの持つ桃色で花の精霊をイメージしたであろう愛らしいふりふりとした作りのプリンセスラインのドレスだ。


「「ねえ!アイーシャ!!」」

「こ、こんなの………、あんまりよおおおぉぉぉぉ!!」


▫︎◇▫︎


 ことの発端は約2時間前まで遡る。


「ねえ、アイーシャ。今日は一段とルンルンとご機嫌な様子だけれど、どうしたの?」

「あ、シャロン叔母様!今日はカリーナ夫人とお買い物に行く予定なの。だから、少し楽しみで」


 ぎゅっと若草色のドレスの裾を握り締めながら、アイーシャは恥ずかしそうに頬を染めた。少し普段よりも機嫌がいいという自覚はあったが、指摘されるほどだとは思っていなかった故に、アイーシャはもじもじとしてしまう。


「まあ!カリーナ夫人と言ったら、小さい頃アイーシャの面倒を見てくださっていた方よね?私、会ってみたいわ!!」


 華やぐような笑みで声を上げるシャロンに、アイーシャは少しだけ悩むそぶりを見せた後、微笑んで見せた。


「では、一緒にいきましょう?」


 アイーシャはものの数時間後この選択を心の底から悔いることになる。けれど、そんなことを知らないアイーシャは、ルンルンと幸せに浸るのだった。

 アイーシャは今日、カリーナとドレスを見に行く約束をしていた。アイーシャとサイラスの結婚を控えている故にアイーシャは多忙を極めていたが、今日やっと休日ができ、念願の一緒にお買い物をできる日を作ることができたのだ。

 シャロンと一緒に馬車に乗り込みながら、最近はサイラスがベタ褒めをしてくれれることによってちょっとずつ容姿に自信を持つことができるようになったアイーシャは、自分の服装が変ではないか馬車の窓ガラスで再度確認する。


「あらあら、アイーシャは最近オシャレさんね」


 がたがたと揺れる馬車の中、シャロンは心底嬉しそうにアイーシャのことを褒めた。


「~~~ーーー!!………ま、まだまだ新参者だけれど、ちょっとずつでも、サイラスの美貌に置いてけぼりにされたくないの」


 へにゃっと笑いながら、アイーシャは自らの婚約者サイラスの姿を頭に思い浮かべる。太陽の下でも月の下でも輝かしく光り輝く銀髪に、芸術品の如く完璧に配置された冷たくも美しい水色の瞳、すっと中央に伸びる高い鼻、薄く真っ直ぐ結ばれたくちびる。きゅっと引き締まった細くも筋肉質の身体。アイーシャにとっては、そのどれもが届き難いもので、自分なんか虫ケラのように思えてしまう。

 けれど、彼のことが大好きで、アイーシャはちょっとでも彼に相応しくなれるように最近はファッションに力を入れていた。ドレスに着られてしまいそうで怖くても、ちょっとずつ勇気を出して、可愛らしいデザインや大人っぽいデザインにも自分から進んで挑戦するようになったのだ。

 くすっと笑いながらも、アイーシャは今日の自分の格好を思い浮かべて背筋を伸ばす。背筋を伸ばすだけでも、人間というのは美しく見えるものだ。彼のためならば、しんどい姿勢も難なくこなせることが出来るアイーシャは、最近尚の事美しくなっていた。


「あぁ、………婚約者がイケメンだと、大変よね~。私もよ~く、そう、よ~~~く分かるわ。私の旦那さまも、この世のものとは思えないほどにイケメンだもの」

「分かるわ。でも、叔母さまはあまり気を使う必要はなさそうよ?だって美男美女でお似合いだもの」


 シャロンの旦那であり、自分の叔父であるユージオの美貌を思い出したアイーシャは、隣に並ぶシャロンを見つめてキョトンと不思議そうに首を傾げた。

 太陽のようにきらきら輝く金髪に海のように青い瞳を持つ優しげな美貌の紳士のユージオと、月光のように淡くも美しい輝きを放つ銀髪にアメジストのような紫色の瞳を持つプロポーション抜群の元気な美女シャロンは、控えめに言ってもよくお似合いだった。


「そこは女の矜持よ」

「………………」

(“旦那さまよりも美しくありたい”、“旦那さまに綺麗って思われたい”っていうのは、世の女性の望みよね)


 アイーシャは社交界で美男の旦那さまや婚約者を持つ女性の悩みを思い出して、苦笑する。自分もその悩みを持つ人間の1人だが、婚約者が自分にだけ甘々過ぎるだけに、たまに忘れそうになってしまい、1人になった途端に身悶えてしまっている。


(本当に、美貌の旦那さまというのは罪作りなものね)


 同じ悩みを共有するもの同士のお話は、やっぱりとても楽しい。そう再確認しながら、アイーシャは再び口を開いたシャロンの言葉に注意深く耳を傾ける。


「アイーシャも、婚約者が普通の男なら男が必死にならないといけないレベルだもの。王太子殿下がイケメン過ぎるだけに、自信を失いそうになるのかもしれないけれど」

「?」

「アイーシャも美人さんってことよ」


 ぼんっと頬が熱くなるのを感じて、アイーシャは咄嗟に頬を両手で押さえた。


「《そうそう。もっと言ってやって、シャロン。わたしのご主人さまは、謙虚と無自覚が過ぎるのよ》」

「《ふぁう………、アイーシャが可愛いのは、当たり前》」


 契約精霊のエステルとユエの言葉に、アイーシャの頬はより一層熱くなる。困ったように涙目でシャロンに助けを求めると、シャロンは嬉しそうに微笑んでいた。嫌な予感がすると思ってももう遅い。シャロンはペロっとくちびるを舐める。


「うふふっ、精霊さまたちの許可も出たことだし、お店に着くまであと30分。たあーっぷり、アイーシャを褒めて褒めて褒めちぎらなくっちゃ」


 楽しそうなシャロンとは裏腹に、アイーシャは死刑宣告を受けた人間のように顔面蒼白になった。

 そして、それから30分、アイーシャはシャロンの宣言通りただただ永遠と褒められ続けるという苦行を真っ赤な顔で受けることとなった。


(さ、サイラスに褒められるのとはまた違う意味で、心臓に悪わ!!)


 アイーシャの心の悲鳴は、アイーシャの契約精霊たちの嬉しそうな声に飲み込まれてしまったのだった。

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