夫人は再会する
▫︎◇▫︎
2日後、
カリーナはあまりの頭痛に額を押さえた。
「お気持ちは分かります、ですがご一緒に来ていただけませんか?」
「言われるまでもなく行くわ。でも、心配性な旦那様にお知らせしておきたいの。構わないかしら?」
「どうぞ」
使者はのんびりと答えた。
カリーナはくすっと笑って、アイーシャが余計なことを話してしまっているものだと思った。
「イーリス、旦那様に伝えておいてくれる?」
「《分かったわ。一緒に行こうと思ってたのに残念》」
「ごめんなさいね」
「《いいわ、クッキー10枚で手を打ってあげる》」
カリーナはにこっと笑ってドレスの裾を翻した。ふわりと、百合の蕾のような真っ白なドレスの裾が舞った。可愛いドレスを撫でると、カリーナは使者に連れられて公爵邸への馬車に乗り込んだ。
(どうやら私は、アイーシャのことをこってりしっかり叱らなくてはならないようね)
マナーを無視した可愛い友人の娘との再会を心待ちにしているカリーナは、アイーシャから貰ったブローチをするりと雪のように白い指先で撫でながら微笑んだ。
「あぁ、とっても楽しみだわ」
誰にも聞かれなかったはずの言葉なのに、カリーナの周囲には優しくて淡い光がたくさん現れていた。
▫︎◇▫︎
馬車が到着する音に気がつき、カリーナは菓子折り片手に馬車からふわりと降りた。
「あ、あのっ、」
「お仕事をとってごめんなさいね。でも、夫以外の手は取らないと決めているの」
「そ、そうですか………」
手を貸さないといけない御者の手を取らずに馬車から降りたカリーナは、大きなお屋敷に気圧されながらも、すっと背筋を伸ばした。お貴族さまとして生きてきた年数は、平民として生活し始めた時間に比べて圧倒的に長い。カリーナの根本にある芯は、気高いお貴族さまの夫人だ。
「カリーナ夫人!!」
アイーシャの元気な声と共に、猛ダッシュしながら突進してくる物体がカリーナの視界に入った。
そして、カリーナの前で急停止した。
「………淑女たるもの走ってはなりません。そして、許可を取らずに相手の家へ使いを寄越すのもよろしくありません。私に予定があったらどうするおつもりだったのですか?」
「うぐっ、」
見るからにしょぼんとしたアイーシャを叱るのをやめたい衝動に駆られながらも、カリーナは目くじらを立て続けた。
「そして何より、転けたらどうするのですか!?今は王太子殿下の婚約者なのですよ!?」
「………前に出会った時もわたしはオウタイシデンカの婚約者だったはずですよ?」
「………あの無能の婚約者の時は良いのです。所詮無能のために我慢をするなど愚の骨頂ですから」
カリーナの辛辣な物言いに、アイーシャはくすくす微笑んだ。そして、美しくカーテシーを披露した。この国の王太子妃になるために再度学び直し、練度を上げたお辞儀だ。
「ようこそ我が家へお越しくださいました、カリーナ夫人」
カリーナはにこりと微笑み、すっと腰を落とした。
「此度はわたくしめのような平民をお招きいただき、至極光栄にございます。こちらはお礼の品です。よければお召し上がりください」
「まあ!カリーナ夫人が作ったのですか!?」
クッキーを受け取ったアイーシャは飛び上がって喜んだ。自分の面倒を見てくれていたカリーナからもらう初めての手料理は、やっぱりテンションが上がる物なのだろう。
「えぇ、こちらに来てから私、お料理にはまっていますの」
「ふふふっ、完璧主義のカリーナ夫人のお料理なんてとっても楽しみだわ!!」
「お口に合うかは分かりませんが」
あくまで下手に出て話すカリーナに、アイーシャはちょっと不満になった。
「普通に話してください。敬語はなしです」
「無茶を言わないでください」
「これは命令だと言ったら聞いてくださいますか?」
「………分かったわ」
満面の笑みを浮かべたアイーシャに、カリーナは困ったものを見る視線を送った。だが、その視線は決して不快なものを含んでいなかった。それどころか、成長していく過程の子供の突然の我儘を可愛らしい気持ちで見るようなものだった。
「アイーシャは相変わらず可愛いわね」
「そう?お母さまの方が可愛らしい方だったと思いますよ」
「それは当然ね。なんて言ったって、私はあの子の大大大ファンだもの」
「ふふふっ、出たわ。夫人のお母さま至上主義」
「可愛いは正義だもの」
1ヶ月ぶりに会うアイーシャとカリーナは、微笑みを交わし合い、幸せな時間を過ごした。
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以上で番外編も終了になります。
番外編のご依頼はまだ受け付けようと思っていますので、ご希望の方は感想欄からお知らせください。
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