第8話

「ここがダイニングルームだ。少し話をしよう」

(精霊について、かしら?)


 ラインハルトが立ち止まって振り返って言った。


「疲れているのは重々承知なのですけれど、少しだけ時間をちょうだいね。アイーシャちゃん」

「問題ありませんわ、お祖母さま。旅程は夫人がわたしが無理をしなくて済むように丁寧に組んでくださっていましたから、そこまで疲れておりませんの」


 アイーシャは微笑みを浮かべてエカテリーナを心配させないように声をかけた。実際のところ、夫人がアイーシャのために組んだ旅程は観光も楽しめるようにしてあり、アイーシャは刺繍に使うための図案のスケッチを沢山取ることができるくらいだった。何より、アイーシャはディアン王国にいた頃は次期王太子妃としての教育に仕事が立て込んでいたために、もっと忙しかったのだ。


「すみません、アイーシャちゃん。少しお話ししておきたいことがあるのです」

「本当に大丈夫ですから、そんなに申し訳なさそうにしないでください」


 席についたユージオが申し訳なさそうに頭を下げるので、アイーシャは居た堪れなくなり、顔を上げるように促した。


「それよりも、この子達に精霊ついて教えてくださるのでしょう?」


 母親が亡くなってしまったことにより、教えてもらうことが叶わなくなっていた精霊について教わることができることにわくわくしているアイーシャは、前のめり気味にユージオに尋ねた。


「あぁ、そのことについてなのですが、アイーシャちゃんは精霊についてどのくらいご存知ですか?」

「ほとんど存じ上げませんわ。ほら、わたしのそばにいた唯一の精霊使いたるお母さまはわたしが8つの時に亡くなってしまわれたでしょう?」

「成る程。………では、精霊という存在についてまずはお話ししますね。精霊とは、魔法とは違った特別な力“奇跡”を引き起こす存在です。起こる現象は魔法と一緒なので紛らわしいのですが、精霊が起こすのはあくまで“奇跡”ということになっています」


 ユージオは、アイーシャの精霊アクアとは異なる印象を持つ、水色の輝きを放つ精霊の頭を撫でながら言った。よく懐いているのか、水色の精霊はユージオに嬉しそうに擦り寄っていた。


「………精霊、というのは見える人間が限られている、というのがわたしの印象なのですが、それはどうなのでしょうか?」


 アイーシャは精霊の基礎情報を整理した上で、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「はい、その通りです。精霊使いの発祥地であり、今なお精霊使いがいるこのフェアリーン王国でも今では王族や高位貴族の中でも限られた者しか適性がありません」

「………ここにいる皆さまは見えている、という解釈で構いませんか?」

「えぇ、ここにいる人間はあなたも含めて全員精霊眼持ちです」


 アイーシャはまたまた現れた“精霊眼”というキーワードに首を傾げた。


「精霊眼?というのはどういうものなのでしょうか?」

「精霊眼というのは、精霊を見ることのできる目のことを言います。アイーシャちゃんは何人の精霊と契約しているのですか?」


 アイーシャは契約を結ぶという言葉に、大きく首を傾げた。精霊達はアイーシャのお友だちで力は貸しているが“契約”というものは結んでいないはずだ。


「契約?はしていないはずです。彼らはわたしの“お願い”を叶えてくれているだけですから」

「ーーー名前をつけること、それが精霊との契約条件です」


 アイーシャは目を見開いた。まさか名づけが契約になっていたとは思いもしていなかったのだ。たしかに、精霊達に強請られて名づけはしたことがある。


「あ、なら契約を結んでいます」

「何人とですか?」

「名づけをしたのは6人です」


 アイーシャは『おいで』と声をかけて両手を合わせて精霊達を呼んだ。


「「「「「「《は~い!!》」」」」」」


 小さな精霊達は、アイーシャの華奢な両手にすっぽりと収まった。

 精霊達はみんなアイーシャに呼ばれたことが嬉しいのか、アイーシャの名前を呼び、アイーシャの手にそれぞれが擦り寄っていた。

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