第5話 母子家庭

 飛鳥は自分の意志で光輝学園中等部を受験、合格した。中高一貫教育の私学で、スポーツ全般に実績がある。

 ゴルフ部は中高とも全国大会の常連でありプロゴルファーも輩出している名門校だ。

 と、ここまでは薫子も喜んでいた。家から少々遠いが、一応都内だし自分が車で送り迎えをすれば通えない距離じゃない。

 ところが、飛鳥はゴルフ部へ入部しただけでなく、入寮を選択した。それも勝手に学校へ申請を出してしまったのである。

「なんで寮なのよ」

 薫子は飛鳥をなじった。

「何の憂いもなくゴルフに集中できるから」

 飛鳥はそう返した。

「別に家から通えばいいじゃない。車で送ってあげるから」

「時間の無駄よ」

「家からなら、土日は祐子さんのレッスンも受けられる」

「祐子先生からは卒業を言われてる。もう教えることはないって」

「まだあるよ。これから身体も変化していくんじゃない。フォームを合わせていかないと・・・」

「そこはもう自分で出来る」

 しばらく言い合っていた母子だったが、飛鳥の意志は固いようだった。

 少しの沈黙の後、飛鳥がボソボソと話し出した。

「私、富士インターナショナルGCでのラウンドが忘れられない。お母さんがいてお父さんがいて。3人でプレーしたあのコース」

「だったら、また行きましょうよ」

「私とお母さんのふたりで?」

飛鳥が突き放す。

「祐子先生を誘ってもいいじゃない。女3人で回るのも楽しそうよ」

 薫子は懸命だった。中学生になった一人娘と離ればなれになる等考えられない。

「じゃあ、お父さんも誘って・・・」

 薫子がつい口にするが、先が続かない。

「冗談でしょ? 今のお父さんとお母さんと一緒に行けるわけないじゃない」

飛鳥の棘のある言葉が返ってきた。

 飛鳥が5年生の時両親は離婚した。それは突然のことで、飛鳥は酷く落ち込んだものだ。

 なにしろ、それまでお父さんとお母さんは仲がいいと思い込んでいたのだから。2人が家で喧嘩しているのを見たことがない。だから原因は飛鳥には分からない。

 母もすれ違いかなあ・・・などと言うばかりだった。

 父にも聞いたが、自分の仕事が忙し過ぎたと反省するばかりで・・・。

 とにかく自分には教えたくない大人の事情というやつなんだろうと飛鳥は結論付けていた。

 祐子先生にも相談したが、こればかりは私にはどうにも出来ないと言われてしまった。

 結局飛鳥の意志とは関係なく父が家を出て行き、親権は母が取りこの家に住んでいる。

 月に一度の父との面会はゴルフ練習場が多かった。父と並んでボールを打つ。それだけで気持ちが落ち着いた。

「ねえ、お母さん・・・」

 飛鳥が途方に暮れる母に話し出した。

「今までありがとうね。もちろんこれからもお世話になります。でも、少し私1人でやってみたい。祐子先生とも離れて、1人でどこまで出来るかやってみたい」

 薫子は今生の別れか何かのように涙に暮れている。

「私ね、学校の先生に言われたことがあるの」

 薫子は首を傾げて我が子を見た。

「将来の夢は何って。クラスの中にははっきりとした夢を持ってる子もいた。でも、私にははっきりこれって言うものがなかった」

 薫子は飛鳥の言うことを黙って聞いていた。実を言えば薫子もまた似たような経験があったのだ。それを思い出していた。

 もうひとつ、飛鳥は卒業を前にしてコーチの小清水に聞かれたことがある。

「飛鳥ちゃんはプロゴルファーになるつもりなの?」

 でも飛鳥は即答出来なかった。プロってなんだろう。それは楽しいのか? プロゴルファーなんて想像も付かなかった。

 母もプロになれとは言わなかった。自分の好きでいいと言うのだ。

「分かんない・・・」

 飛鳥は小清水に答えた。しかし答えながら瞳が自然と潤んでくる。

「分かんないか・・・。そうね、色々経験しないとやりたいことは分からないよね」

「でもね、ゴルフ以外好きなこと、ないんです。思いつかない」

 飛鳥はそう言って涙をこぼした。

「いいじゃない。誰だってそんなものよ。まずは好きなことを一生懸命やってみたらいいんじゃないの?」

 こうして飛鳥は母とコーチの元を旅立っていった。

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