第4話 プロのアドバイス
小清水はこれまでの経緯を話し出した。最初飛鳥のフォームを見て引っかかるものを感じた。そしてドライバーショットを見て気持ち悪いと思った。
こんな小さな子がまるで誰かに、多くの場合男の子に媚びるように顎を上げる。
「打ち方はよく分かってるようだし、親が教えたんだろうって思いましたよ。どんな親なんだって」
小清水が言うと飛鳥は下を向いてしまった。
「でも、前々回かな。動画を撮ってみんなにも見て貰ったのよね」
小清水は飛鳥に声を掛ける。
「それで?」
薫子が先を促した。
「動画を分析して、飛鳥ちゃんのフォームが実に合理的なことが分かりました。そして女子アマ最強の西條さんを思い出した」
薫子は身長158センチ、体重48キロと決して大きな身体ではない。これは高校時代からほとんど変わっていなかった。
いくら筋トレを繰り返しても付く筋肉に限界があった。
「だから、力ではなく全身のバネで打つ工夫を始めたの。幸い身体は柔らかかったからね、鞭のようにしなる打ち方を模索した」
うんうんと小清水は頷く。それこそが大学選手権で他の選手を圧倒したパワーであり、飛距離だった。
「それでも220ヤードよ、アベレージでね。そこもプロに未練を残さなかった理由のひとつね」
薫子が冷静に言った。
世界でも戦える一流のプロなら250ヤードは飛ばさないとだめだろう。学生選手権はそれで頂点が取れてもプロでは通用しない。
「飛鳥ちゃんは身体が小さいこと、非力なことを承知していた。飛ばすためにはどうすればいいのか、自分なりに考えたんでしょうね」
飛鳥が辿り着いた方法は、母のフォームの真似をすることだったのだ。父の真似をしても飛距離は伸びなかった。だが母のフォームを真似すれば飛距離が伸びた。
「私と同じ、フォロースルーで最後に顎が上がるというあざといフォームになっちゃったというわけか・・・」
薫子が首を振りながら付け加えた。そして飛鳥を見る。飛鳥は不服そうに母の顔とコーチの顔を交互に見ていた。
「で、結論ですが、飛鳥ちゃんのフォームは矯正すべきだと思います」
小清水が真剣な表情で言い放った。
「同感だわ」
薫子が答える。
「父親はね、背が高いのよ。180センチある。父親に似れば今後背は伸びるわ。私に似ちゃうとあんまり伸びないかもだけど」
「背は伸びる方に賭けましょう。今時だからきっと伸びますよ」
「私と同じくらいしか伸びなかったら?」
「その時は、その時にフォームの矯正をしていくしかないでしょう。それより今このフォームで固定しちゃうと背が伸びた時、直すのに苦労します」
「あなたを選んで良かったわ。遠くまで来ている甲斐があった」
薫子が小清水の目を見た。だが、小清水は更に続けた。
「で、最終的には飛鳥ちゃんプロにするんですか? お母さんの夢を叶えてもらう?」
「いいえ。楽しくゴルフが出来ればいい。プロになるならないは飛鳥次第で。それはもっと先になって決めればいいわ」
「ならば、今は正しいフォームを体得することに専念しましょう」
小清水はそう言うと飛鳥の方を見た。飛鳥がようやくコーチの目を見る。
「じゃあ、やっぱり男の子たちには勝てないの?」
飛鳥が意外なことを言った。どうやら練習場でも一緒に習っている上級の男の子たちを意識していたようだ。
だが小清水は首を横に振りながら答えた。
「そんなことない。飛鳥ちゃんには天性のバネがあると思う。基本は身体の柔軟性ね。そこは十分利用できるフォームにする。そこいらの男子には負けない」
「うん!」
飛鳥は大きく頷いた。
この日から飛鳥は小清水祐子レッスンプロに着いてフォームを作り上げていった。長い長い時間を掛けて。
焦ることはなかった。成長に合わせて最適なフォームを体得していくのだ。小清水は飛鳥の身体の柔軟性を充分意識したフォームに作り上げていった。
アンドロイド坂井の異名を取った小清水コーチのもと飛鳥のショットの正確さは特別なものになっていった。
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