第3話「一本目――先手、ガンケイン」

 丘の頂き。「願いの樹」の東側で片膝を立てて座るガンケインの鎧う金属が、陽光をすべらせ、跳ねあげる。そのきらめきを受けたように、兜のスリットから覗く彼の目もまた、ぎらりと光った。

「――まずは、おたがいの願いを開示するところからはじめるべきかと思う。それでよいかな?」

「いいんじゃない? 先手は譲ってあげる」

 ガンケインの油断ならぬ交渉めいた物言いに対し、ジニーの返答はそのあぐら同様、きわめて気安い。日の光をまとって燃えたつようにすら見えるその赤毛は、彼女という人間のうちに一切の不純物がなく、ただ自信のみがたぎっていることをあかしているかのようだ。


(これは手強そうだ)


 とガンケインは心中呟いた。願いの開示にためらいなく応じるとは、よほど高尚な願いを有しているのだろうか? 絶滅の危機に瀕している動物を救いたいとか、悲しい涙を減らしたいとか……

 しかし、もはやあとには退けぬ。ガンケインは覚悟を決めた。


【一本目――先手、ガンケイン】


「わたしの願いは……」

「願いは……?」

 ガンケインは無論のこと、このときばかりはジニーも神妙であった。なにに由来するものか、ガンケインは結構な間をとってから、のけぞって胸いっぱいに空気を吸いこむと、前のめりになりながら竜種の咆哮めいて叫んだ!

「恋人が欲しい‼」

 「願いの樹」の枝葉は突風に吹かれたように傾いて、草地は嵐のあとのように薙ぎ倒され、ジニーの赤い髪は向かい風を受けたように後ろに流された。

「……えっ?」

 ジニーは乱れた髪もそのままに、信じられないといった調子の声をあげた。

「恋人が欲しい……」

 今度の声は叱られた子どもめいて小さかった。ガンケインが、叫んだあとの姿勢のまま、つまり前のめりになったまま俯いていることもあって、彼の体もまた小さくなったようだった。それでもジニーよりはずっと大きいが。

「ちょっと待ってよ。あんた、『不屈のガンケイン』でしょ? 伝説の英雄でしょ? 女の子たちから引く手あまたなんじゃないの? その子たちと付きあえばいいでしょ。わざわざ樹に願わなくたっていいじゃない――」

「できぬ……できぬのだ!」

 だからあたしに譲りなさい、とジニーが結ぶまえに、ガンケインが嘆きの声をあげた。いまにも泣きだしそうな声だ!

「な、なんでよ? あんたに釣りあう女の子がいないとか?」

 ジニーの語調は、はやくも相談に乗っているような調子になっていた。

 ガンケインは首を振りながら、吐きだした。

「そうではない……みな、わたしには勿体ないほどの女性たちであった……」

「じゃあ、なんで――」

「わたしは、女性が苦手なのだ!」

 ついにガンケインは、地に手と膝をついてしまった! 不屈と謳われし伝説の騎士が屈したのは、ほかならぬ自分自身にであった!

「い、いやいや! だったら、どうして恋人が欲しいのよ!? あっ、男の人を恋人にしたいの?」

「ちがう! わたしは女性が好きだ! 結婚だってしたい! それがわたしをはぐくんでくれた世界への恩返しにして、あらたなる幸福のはじまりなのだから……

 だが、女性と接するのが苦手なのだ! 頭に血がのぼってくらくらしてしまうし、言葉にも詰まってしまう……」

「最初からそういってよ!? ……あれ? でも、あたしとはちゃんと話せてるじゃない! さすがあたし――」

 ジニーは腕を組んで満足げに頷き、自分の天才性を誇ろうとしたが、彼女の天才的な頭脳がそれに待ったをかけた。彼女は出しぬけに立ちあがると、地団駄を踏んだ!

「ちょっと! あんた、あたしを女性として見てないっていうの!?」

「ち、ちがう! そうではない! いまは戦いの最中だからだ! わたしの部下には女性の騎士もいる。敵に女性がいることもある。だが、戦っているときに女性が苦手だとかいっていられないだろう? それゆえに、戦いのあいだだけは敵味方を問わず、女性を女性としてではなく、ひとりの戦士として見ることができ――」

「やっぱり、女性として見てないんじゃない!」

 ガンケインはジニーの激高げっこう気圧けおされて、膝をついているどころではなくなった。いまは逆に尻もちをつき、片手を翳して彼女に待ったをかけている。

「ちがう! 思いだしてくれ、わたしはこの戦いがはじまるまえ、何度か言葉に詰まっていたはずだ! それこそは、わたしがきみを女性として見ている証!」

「ほかにないの!?」

「……」

「ねえ!?」

「ちがうのだ! どう褒めたらよいのかわからず……ご、語彙が……そうだ!」

 ガンケインは親指を立てた。ジニーは目を細めた。

「……なにそれ?」

「騎士団の符丁だ」

「意味は?」

「『いい』!」

 ガンケインは何度も頷いた。兜や鎧がはやすように金属音を奏でた。ジニーは天を仰ぎ、その青さをうとましく思いながら呟いた。

「……呆れた」

 それからふたたびあぐらをかくと、額をつきだすようにしながら追及する。

「あんたもしかして、騎士団の総長を断りつづけてるのも、貴婦人と接する機会が増えるのが嫌だからじゃないでしょうね?」

 天才的な指摘を受けたガンケインは、気まずそうに真横を向いた。ジニーはめまいをおぼえた。

「嘘でしょ……伝説の騎士っていうから、会うの楽しみにしてたのに……」

「それはすまなかったな! だがわたしも人間だ、苦手なものくらいある! きみとてそうであろう!」

 居直りだ! いや、不屈というべきか!? ガンケインは片膝を立てて座りなおし、ジニーを真っ向から見た!

「あ、あたしにはないもん。それに、大事なのは苦手なものとどう付きあうかじゃない?」

「ぬうううーっ……!」

 意外にも正論!

「だからこうして、樹に願いにきたのだ!」

 しかしガンケインは不屈だった! 拳を地に叩きつけると、その手を薙いで「願いの樹」を示す!

「この樹に願えば、こんなわたしでも問題なく付きあえ、添いとげられるような理想の女性があらわれるにちがいないからな! それがわたしの『苦手なものとの付きあいかた』だ!」

「ちょーっと待ったーーーーーー!」

 今度はジニーがその細腕を振りおろし、拳を地に叩きつけた! 彼女を中心に、草地に波紋が生じた! 意外にも力が強い! 魔術師も体が資本ということか!

「待つとも……わたしは待つことにかけては右に出る者はいないという自負がある。あれは空のはるか彼方から名状しがたい者どもが攻めてきたとき――」

「それはあとで聞くから」

 ジニーはガンケインの思い出話を遮ると、自らの赤毛の端を指先で巻きとっては離しながら話しはじめた。

「あんたの願いは、『恋人が欲しい』……」

「うむ」

「あんたは樹にそう願って、自分でも付きあえる女の子を喚びだしてもらう……いままでどこにも、そんな女の子はいなかったから」

「しかり」

「それであんたは、その女の子と付きあって、結婚して、子どもを育てたい……そうね?」

「そ、そこまではいっていないが、まあ、そうなろうな?」

 あきらかに恥じらうガンケインに対し、ジニーは目をぎらりと光らせると、無慈悲にいった。

「あんた、わかってるの? あの樹があんたでも付きあえる女の子を喚びだしたとして――その女の子が本当に人間といえるのかどうか、わからないってこと!」

「な、なんだと!? どういうことだ!?」

 ガンケインは思いもよらぬ一言に虚脱し、片手をついた! 一方、ジニーはあぐらを解いて片膝立ちになる!

「あんた、自分でいってたじゃない! いままでどこにも、そんな女の子はいなかったって! それでも、あの樹はあんたの願いを叶えるでしょう……あの樹なら、いもしない女の子を創りだすことくらい、やってのけるにちがいないわ! それどころか、その女の子を『いたことに』さえしちゃうかもしれない……あの名状しがたい連中を滅ぼしちゃうくらいなんだからね!」

「うぐっ!?」

 見えざる爪先に蹴りあげられたように、ガンケインの顎があがった! 言葉が魔術だ! そしていまジニーは立ちあがり、ガンケインに指を突きつけて決定的な呪文を口にする!

「あんた、そんな正体不明の女の子を愛せるの!? いえ、たとえ愛せたとしても、あんたと結婚させられるためだけに生まれてくる命なんてものを許せるの!? 人として!」

「ぐわあああああああ!?」

 ついにガンケインは、その巨体をぐらつかせ、背中から地面に倒れこんだ! 彼のハートの代わりのように、地面にひびが走る!

 ジニーは彼が倒れた分だけ近づくと、さらにいいつのった! その頬はほのかに色づいている! その口の端は上がっている! 楽しくなってきているのだ! そして彼女は詠唱をこう締めくくった!

「子どもだってそうよ! 樹から生まれた女の子とのあいだに授かった子どもを、なんの不安もなく愛せるの!? 男の子だったら、股から雄しべが生えてくるかもね!? 女の子だったら雌しべかもしれない! それでもいいの!?」

「も、もうやめてくれ! わかった! わたしが浅はかだった……! 許せ、ついに見果てぬ我が妻子よ……わたしは、わたしは……う、うおおおお!」

 ガンケインは両手で兜のスリットを覆いながら懇願すると、その場を転がりまわった!

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