第2話「伝説の騎士♂と天才魔術師♀の頂上決戦」

「……」

「えーっ!? あたしが一番だと思ったのになあ」

 かくして、東西より丘をのぼってきたふたり――大柄な騎士とローブ姿の少女は、伝説の樹の下で相見あいまみえた! 奇しくも、樹はふたりから等距離にある。樹を立会人として、文字どおりの頂上決戦がはじまる……

 かに見えた。

「……」

「……」

 しかし、ふたりが動きだす気配はない。どこからかやってきた二頭の蝶が、ふたりの視線のあいだで煽るようにダンスして、連れだって飛びさっていってもなお、ふたりは動かなかった。

 それもそのはずである!

 大柄な騎士は実際満身創痍で、最後の力を振りしぼり、メイスを杖代わりにして丘をのぼってきたのだ。というか、いまもメイスを杖代わりにして立っている。このうえ少女を打倒する力など残っていない。少女の目を盗んで樹に触れることも不可能だ。鎧が重いからである。

 一方、少女のほうも同じような事情を抱えていた。彼女は怪我こそ負ってはいなかったが、体力と魔力はすっからかんだった。丘の西にあつまった者たちが、示しあわせて全員で彼女を狙ってきたため、これを返り討ちにするのにすべての力を使いはたしてしまったのである。

 『我が身は軽い』と唱えられれば、騎士を出しぬいて樹に触れられただろうに、いまはその魔力もない。というか、立っているのもつらい。

 そういうわけで、ふたりはどうしたものか考えあぐねてしばらく見つめあっていたのだが、やがて騎士が重々しい調子で話しはじめた。

「まず、騎士たるわたしが名乗るべきであるのはわかっている」

「?」

 少女は首をかしげてみせて、つづきをうながす。すると騎士は、儀式めいて何度も咳払いをしてから、一転、浮ついた声でこういった。

「し、しかしだな、レ、レディーファーストという言葉が、あ、あるそうではないか。し、してみると、き、きみにさきに名乗ってもらったほうが、よ、よいのだろうか?」

「……はあ?」

 どもりながらいう騎士の兜のスリットからは、噴煙めいた湯気があがっていた。

 ともかく、彼はレディーファーストやら紳士のマナーやらなんやらを混同しているらしかったが、少女としては疲労もあってどうでもいい。だから、投げやりに返した。

「……あんたから名乗ったら? 騎士って、そういうものなんでしょ?」

「そうか! ありがとう!」

 唐突な礼にぽかんとする少女を放って、騎士は杖代わりにしていたメイスを高く掲げると、堂々たる名乗りをあげた。

「我が名はガンケイン!」

「ガンケイン!?」

 ぽかんとしていた少女は、そのまま小さな口をめいっぱいひらいて叫んだ!

「若くして騎士に叙されるやたちまち頭角をあらわし騎士団の総長に指名されるにまで至るも指名されるたびに断ってつねに最前線で部隊長として戦いつづけその戦闘能力と指揮能力の高さから一度として前線を崩壊させたことがなく戦略・戦術的後退をするときはいつも殿しんがりを務めてきたっていうあの伝説の騎士『不屈のガンケイン』独身!? 砦で孤立した十数人の仲間たちを単身助けにいき敵を倒し負傷した仲間たちを背負って奇跡の生還を果たしてから最初にいった言葉は『もう少し鎧を重くしてもいいな』だった!?」

「い、いかにも。し、して、き、きみの名は?」

 ガンケインは杖代わりにメイスを地について寄りかかると、照れゆえか言葉を詰まらせながら尋ねた。

 少女ははっとすると、一度唇をきゅっと引きしめてから、胸を張って名乗った。

「あたしは天才魔術師のヴァージニアス!」

「ヴァージニアスだと!?」

 その名を聞いたガンケインの巨体はのけぞり、その兜のバイザーは激しく上下した!

「恐るべき魔術の才能を持ち幼くしてすべての魔術を修め自ら誰にも真似できぬ新たな魔術を編みだすと謎めいて出奔しゅっぽんし行くさきざきで頼まれてもいないのに悪人や魔物を成敗したり困った人々を助けたりやりすぎて地形や生態系を変えたりして感謝されたり迷惑がられたりしているというあの都市伝説的魔術師ヴァージニアス!? ある村から『近所に二本の川があるのだが隣村とどちらがどちらで漁をするかで揉めている』と相談されるや魔術をもって二本の川を繋げて一本にし『これで揉める必要なくなったでしょ?』といってのけた事件は記憶に新しい!」

「め、迷惑がられてなんかないし!」

「しかし、騎士団にも何件か相談が……」

「……ほんと、わかってないわね!」

 ヴァージニアスは腕を組むと、その高すぎない鼻先で宙を貫かんばかりに、勢いよく真横を向いていった。

「……で?」

 しばらくしてから、ヴァージニアスは横を向いたまま、赤い目をガンケインに走らせた。ガンケインは背筋を伸ばした。

「な、なんだろうか」

「なんだろうか、じゃないでしょ。なにか考えがあって名乗ったんじゃないの?」

「そ、そうであった」

 ガンケインはやおら片膝を立てて座ると、杖代わりにしていたメイスを地に突きたてた。そして赤い目をぱちくりさせるヴァージニアスに、朗々と語りかけた。

「よいかね、ヴァージニアス殿」

「ジニーでいいよ」

「そ、そうかね? で、では、ジ、ジニー殿」

 ヴァージニアス――ジニーはさっそく淀んだガンケインの言葉に不安をおぼえたが、それは杞憂だった。つづく彼の言葉は、一騎討ちに臨む騎士の口上めいていかめしかったからだ。

「どうやら、わたしにもきみにも、戦う力はおろか、相手を出しぬいて樹までゆく力も残っていないようだ。しかし、わたしは願いを叶えたい。きみもそうであろう? それゆえに、決着はつけねばならぬ。どちらが樹に願うか、決めねばならぬ。

 ときに、宮廷魔術師いわく、言葉は原初の魔術であるという――」

「へえ? あたしと言葉で戦おうっていうんだ?」

 天才! ジニーはたちまちガンケインのいわんとするところを看破かんぱした。ガンケインは重々しく頷くと、大音声だいおんじょうをあげた。

「さよう……かくなるうえは、言葉の魔術で切りむすび、どちらの願いがより樹に叶えられるにふさわしいか、決めようではないか!」

 「願いの樹」の枝葉が震え、草の絨毯じゅうたんにさざなみが走るなか、ジニーはその場にすとんと腰を下ろし、あぐらをかくと獰猛どうもうに笑った。

「面白いじゃない! 天才魔術師の力、聞かせてあげる!」

「ま、待ちたまえ! そ、その座りかたは、い、いかがなものかと……」

「なんでよ?」

 とにかく、こうして今次の「GUNG-BO」の頂上決戦が始まったのである!

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