チラシ裏の恋文

春菊 甘藍

チラシ裏

 拝啓、■■へ。


 手紙の書き方が分からないから、書き殴らせてくれ。『拝啓』は知ってた。君が教えてくれたよな。ちゃんと覚えてるぞ。


 ただ今でも分からない。

 何で君は、俺に声を掛けてくれたんだ? 暴力的で、バカで、汚い言葉しか知らなかった俺に。


 中学の頃だっただろうか。


「そういう事、止めた方がいいよ」


 君に言われて止めたのは、気に入らない奴に暴力を振ること。それがダメなことだって初めて知った。


「本読みなよ、面白いよ?」


 君に言われて、本を読み始めた。色んな言葉が使えるようになって、賢くなれた。色んな本が読めるようになって、世界が広がった。


「こら、乱暴な言葉を使わない。そんなんじゃ、友達できないよ?」


 君に言われて、言葉を直した。気を遣って話す事も覚えた。友達が何人かできて、生きる事が少し楽しくなった。


 高校生になって、同じ学校に入れた。

 俺は嬉しくて、それを隠すこともできなくて。


「バカだなぁ」


 そう言って君は笑ってくれた。

 その顔を、いつまでも見ていたいなと思った。


 一緒に映画を見に行った。


「あのシーン、すごかったね! いやぁ、あの俳優さんがあんな演技するとは……」


 誰かと行く映画は、初めてだった。

 興奮気味な君と、感想を共有するのが何より好きだった。


 一緒に帰り道に水切りをした。


「下手だなぁ」


 何回投げても俺は上手くならなかった。

 それを見て得意げになる君は、ちょっと子供っぽくて可愛かった。


 なんて事ない会話を、いっぱいした。

 俺がふざけた事を言う度に、


「バカだなぁ」


 そう言って笑ってくれた。


 いつだったかな。

 俺は失敗をした。人の命を粗末にした。


 高校生では禁止されてたけど、生活費のために始めたバイト。仕事は、産業廃棄物の処理。ある日、産婦人科で受け取った廃棄物を人に当って落としてしまった。


 容器の施錠が緩んでいたみたいで、アスファルトにぶちまけられた中身。夕日に染まってオレンジ色に見えた。


 まだ人の形にもなっていない。

 産まれることが、叶わなかった命。


 自分のしてたことに、ずっと目を逸らしていた。その事を見せつけられるようで、薬品で荒れる手を無視しながら必死に集めて。


 吐いた。


 その事が自分で許せなくて、悩んで苦しんで。こんな俺は生きているべきじゃないと本気で思った。


 君が変えてくれて、少しはまともになったと思ったのに。結局、誰かを踏みつけにして生きていた。


 そんな自分が、たまらなく憎かった。


 何とか取り繕って、君の前では笑ってた。

 なのに、


「どうしたの?」


 そう君が聞いてくれたとき、抑えていたモノが溢れてしまった。


 君の前で、バカみたいに泣いた。全て話して、軽蔑されたと思った。もう友達ですら居てくれないと思った。なのに君は、


「バカだなぁ」


 そう言って笑ったんだ。


「バカだなぁ、ほんと」


 なんで、俺を抱きしめてくれたんだ?


「大丈夫、君は優しいよ」


 なんで、そんな事を言ってくれたんだ?

 なんで、一緒に泣いてくれたんだ?


 分からなかった。

 でもその時、強く思ったんだ。


 今度は泣かせない。

 君が笑えるように、したいなって。


 だから色々頑張った。

 陽気に振る舞い、勉強も頑張り、いつも一緒に居てくれる君に楽をさせてあげたくて大学を目指した。


「そっか」


 ちょっと悲しそうに君は言った。

 その頃からだろうか、君はおかしくなった。


「……今日は一緒に帰れない。ごめん」


 憂鬱そうに、帰る背中を追うことができなかった。


「触らないで!」


 居眠りしてた君を起こそうとして、手を叩かれた。機嫌が悪かったのかなと、それくらいに考えて居たのに。


「ごめん、ごめん」


 必死に謝る君を、なだめることしか出来なかった。


 いつもみたいに笑って欲しくて。

 未来の話をした。君といる、ちょっと先の未来の話。


 きっとそれは楽しくて、明るくて。

 いつだって君が笑っていれる様な日々にするんだと、プロポーズまがいの事を言った。


「そっか」


 君は寂しそうに笑って。


「あのさ……うん、やっぱいいや」


 何か言おうとしたのに、やめた。


「    」


 そして数日後、何も言わずに居なくなった。


 次に君に会えたのは、葬祭場の中だった。


 キレイな花に囲まれた君を見て、泣くことすら出来なかった。あまりにも現実感が無くて。次の日に行った火葬場の、胸が詰まるような匂いが身体に染みついてしまったみたい離れなかった。


君の唯一の家族だったお父さんに言われたよ。


「娘と仲良くしてくれてありがとう」


って。君は俺の事を嬉しそうにお父さんへ話していたらしいね。君のお父さんが、責めてくれればまだ楽だった。


 警察の人にも話を聞かれた。そして君が死んだ時のことを知った。


 通称、OD。

 オーバードーズと呼ばれる行為。


 死因は睡眠薬の過剰摂取だったらしい。

 部屋にあったのは大量の睡眠薬と妊娠検査薬。


 陽性だった。


 彼女は、俺と同じ大学へ行きたくて。

 その費用を稼ごうとしたらしい。


 でもそれは簡単に稼げる額じゃない。

 ましてや、まともな手段で稼げる訳もない。


 だから身体を売ったのだろう。


 誰にも言えなくて。

 お腹の子供の事なんて、俺には絶対言えなくて。俺の心の傷に、触れてしまうと思ったんだろ?


 優しい君の事だもんな。


 本当に、気付いてやれなくてごめんな。


 辛かったよな。苦しかったよな。

 何もしてやれなくて、ごめんな。

 助けてやれなくて、ごめんな。


 もっと君を笑わせたかった。

 もっと君と笑いたかった。

 もっと君に、好きと言えばよかった。


 一人で見る映画は、つまんないよ。

 水切り、七回まで跳ねさせれるようになったよ。

 どれだけバカな話をしても、なぜかずっと寂しいよ。


 なぁ、『バカだなぁ』って笑ってくれよ。


 君が居なくなってから、ずっと俺は一人だよ。『馬鹿だなぁ』って自分で言って、自分自身をわらってるよ。


 なぁ、まだ。君の所へ行っちゃダメか?

 まだ生きなきゃ、ダメか?


 まだ、君を好きでいなきゃいけないのか?


 嫌いになれれば、忘れられたら、良かったのに。

 君との思い出が、あんまりにもキレイで。


 君を嫌いに、なれないよ。

 忘れるなんて、出来ないよ。


 だって。

 好きだった、大好きだった、今でもまだ好きなんだ。

 

 会いたいよ。

 声聞きたいよ。


 もう一度、好きだと言わせてよ。

 


 


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