第14話

 

 煌びやかなシャンデリア。

 正装姿の生徒たち。

 私たちを中心に、円状に人だかりが出来ている。

 人々が驚愕の顔で私たちを見ていた。



 あれ。

 私って死んだのでは?

 でもこのドレス……それに視界の端にチラリと映る髪の毛は、金色だ。

 これは……。




 間違いない。

 私、クローディアに戻ってる。



「っ痛!」


 状況を把握し始めた途端、思い出したように右肩が痛んだ。

 この痛みは、さっき階段から落ちた時のものとは明らかに違う。

 卒業パーティーで、ニコラスに掴まれて脱臼した所が痛んでいるようだ。



 ……えーと、なんか生きてるみたい……?



「姉さん……? 本当に姉さんなの!?」

「大丈夫か蘭! どこか痛むのか!?」

「無事なのか蘭!! いや、クローディア嬢に戻ったのか? けどこんな……奇跡だ……!」

「もうあなたという人は! どれだけ不注意なのですか! 心配しましたよ!!」


 シリルたちがワッと集まる。

 シリルだけではなくて、みんな涙を滲ませている。

 どうやら随分心配をかけてしまったみたい。

 すごく、心が温かくなる。



 本当、もうダメだと思った。

 生きてた。

 生きてたよ私……!

 ホント良かった……!!




 けど君たち。


 周りをよく見てごらん。

 あんなに望んだフロース王国に戻ってきたよ?

 私ばっかりに注目せずに、そっちの方に気持ちをシフトすべきでないかね?



 そういう私も、やっときちんと周りを見回した。


 そして、気付いた。

 ただの驚きだけではない。

 皆、表情に恐怖が浮かんでいることに。


「あ、やばい!」


 私は、その理由に思い至る。

 トラヴィスたちも気付いたようだ。



 トラヴィスの、髪と瞳の色だ。



「黒髪黒目よ……!」

「一体何が起こった!? 黒の魔女の仕業なのか!?」

「ねえ、あの人……王太子殿下に似ていない……?」


 周囲が徐々に騒がしくなり、やがて大きな波になる。

 すっかり忘れていた。

 この国で、黒髪黒目は、忌むべき対象だったのだ。



 トラヴィスたちも日本人の姿に最初はかなり驚いていたけれど、日本人には魔力もないし、至って普通の、文化が違うだけの人間だと知ると、割と早く受け入れてくれた。

 だからこそトラヴィスも黒色に髪を染めてくれたんだし。


 けれど、この場に黒髪黒目はトラヴィスしかいない。

 その事実が、余計な疑惑を呼んでしまっている。



 ああ……! 似合うだろうと安易に黒髪黒目にしなければ良かった!!

 無難に茶髪とかにしとけば良かったよお!!



 今更悔いても後の祭り。

 私は背中に冷や汗が流れるのを感じた。




「あなた方は何者ですか? 一体どうやって…………っもしや、君はトラヴィスくんか!?」



 コツコツという靴の音と共に、リチャードが近くにやってきた。警戒の色を滲ませる瞳を大きく見開き驚いている。

 そして背中には、ミシェルが隠れていた。


 リチャードの洗脳疑惑とミシェルの妄想癖疑惑を聞いているから、どうしても眉間に皺を寄せて見てしまう。

 いかんいかん。

 もう思い込みでは考えないと決めたのだ。



 いや、前からちょっとミシェルはどうかなと思ってたけどね?

 あざとさが前面に出てるっていうの? あと男性との距離感が近すぎる。

 淑女教育を受けていない庶民だって「それどうよ?」ってレベルの距離感。

 だから女生徒たちからのウケは最悪だ。

 トラヴィスたちの気遣いは正直、真逆の効果を生んでいた。

 ミシェルが虐めらていたのだって、どうせどこかのミシェル嫌いの女生徒がやったことだろう。断じて私は何もやっていないけどね!



 ……っておっといけない。

 あまりに切羽詰まって思考が明後日の方に向かってしまった。

 何とか言い訳しなければ!


「あの! ロベリア先生、これはですね」

「確かに俺は、トラヴィス・ローゼン・フロースに間違いない」


 正面突破かよトラヴィスぅ!!

 最後まで喋らせてよ!


「っならばその色は……!」

「トラヴィスさま!! オーキッドさんに何をされたんですか!?」


 リチャードの後ろからひょっこりとミシェルが出てきたと思うと、大きな瞳にこぼれそうでこぼれない絶妙な量の涙を溜めてトラヴィスに駆け寄る。


 ……うん。

 言いたいことは山ほどあるぞ。

 その胸の前で手を組む仕草は何なんだ。

 拝んでるのか?

 あと近い。近いんだよ距離が!

 ほらトラヴィスが一瞬ちょっと仰け反ったのが分からんか!

 そして何より、私が何かした前提で話を進めるんじゃない!!



「……闇の魔力に侵されてしまったんだね。服まで漆黒に染まって……」


 リチャードが、まるで憐れむような視線でトラヴィスに言う。

 その言葉に、周囲がさらにざわっとする。


 おっと!

 嫌な方向に話が進んでいったぞ……!

 喪服っぽい服を着ていたことが更に追い討ちをかけてしまったではないか!


 フロース王国で黒は忌色だ。

 それは日本でも同じだけど、フロース王国で黒は弔事の時しか一切身に付けない。

 黒の魔女の逸話の通り、非常に縁起が悪いと言われているのだ。普段着る機会が全くない色だから、逆にみんな着てくれたんだけど。

 考えてみれば、結構自由な発想の持ち主だねみんな。


 それにしても、リチャードの全く根拠のないことをさも当然であるように言うその手法は、いかにも詐欺師のそれな気がしてならない。

 黒い服を着ているのはシリルたちもだし、ウォルトだって青みがかって紺っぽいとはいえ、普段の色よりはずっと黒に近い髪色だ。

 なのに言及するのはトラヴィスのことだけ。

 リチャード、いよいよ怪しいぞ。



「っなんてこと……! 私のせいでトラヴィスさまが……!!」


 そう言って、ついにポロポロと大粒の涙を流しながらミシェルが崩れ落ちる。


 〜〜!!!

 なんであんたのせいになるんじゃーい!!

 私、実は相当ミシェルのこと嫌いじゃない?

 いや嫌いだったわ。



「いいや。これはただ色を染めているだけだ。シリル、出来るか?」

「大丈夫! 何とか魔力とマナの融合が出来そうだよ! っえい!」


 ミステリアスボーイの急な可愛すぎる仕草に周囲の人が目を剥くのも無視して、シリルがトラヴィスたちに手をかざす。


 すると、みるみると髪色が元に戻っていった。


 トラヴィスの髪が黒から銀色に変わる様は、いっそ神々しくさえあった。



 魔法だ……!

 規格外なシリルだからこそ出来るんだろう。こちらでは普通、髪色を戻す時は色抜きの魔法薬を使用するのに。


「ちょっと久々だったから、マナとの融合に時間が掛かっちゃった。ごめんね」


 そう言ってシリルがてへっと舌を出す。

 あざとい……!!

 でもシリルは可愛いから許す!!


 トラヴィスたちは各々カラコンを外し……ニコラスはちょっと苦戦してたけど……元の瞳の色に戻った。


 会場が一層騒がしくなる。

「本当に王太子殿下か!?」

「本物なの!?」

 と困惑する声が聞こえてくる。



「この通り、髪は染めただけで、瞳の色もこの色付きガラスを目に入れていただけだ。断じて、闇の魔力に侵されてなどいない」

「しかしっ! ……では何故、わざわざそのような色を? あの空間の歪みの中で、何があったんだ」


 リチャードにそう言われると、トラヴィスはウォルトたちに目配せをし、先ほどまでリチャードたちがいた壇上まで登った。

 そして何故か私まで。

 ニコラスが申し訳なそうに、シリルは心配そうに私を支えてくれる。しかしトラヴィスが何をするのか分からず、戸惑いが隠せない。

 トラヴィスが一歩前に出て、私たちは彼の後ろに控える。

 トラヴィスは、大きく息を吸い込んだ。



「皆の者、聞いてくれ。私たちは、先ほど出来た空間の歪みの中に吸い込まれ、次元の違う世界に飛ばされた。そこで気付いたのだ。私たちが浅はかだったと」


 トラヴィスはよく通る声で、そう言う。


 ……さすがだ。

 王族の威厳は伊達じゃない。

 普段よりも丁寧な話し方をしているからか。

 それともこれも女神の思し召し?

 思わずその言葉を、しっかり胸に刻まなければという気持ちになる。

 現に会場に居た人々も、先ほどまでの騒がしさから一転、しんとしてトラヴィスに注目している。



「俺たちは違う世界で、1年の時を過ごした。このウォルト、ニコラス、シリル、そしてクローディアと共に。その世界では、黒髪黒目の者が多く存在した。その者たちに紛れるよう髪と目の色を変えていたに過ぎない。

 彼らは私たちと何ら違いのない、普通の人間だった。

 向こうの世界で、私たちは民草と同じように過ごし、己の至らなさを知ったのだ。

 今日、この卒業パーティーで私たちがクローディアに突きつけた犯罪は、証拠があまりにも不十分であるということにも気付いた。

 再度、正確かつ本格的な調査をし、この問題の真実を見付けると誓おう。その結果は、追って皆の耳にも入るだろう」


 トラヴィスは、意味深な視線でリチャードを見詰めている。

 対して、リチャードからは感情が読み取れない。けれどどこか底知れないものを感じるのは、気のせいだろうか。


「最後に、卒業という晴れの舞台にこのような騒ぎを起こしたことを謝罪する。

 このままパーティーを続行するのは不可能だろう。本日はこれで仕舞いにして、後日改めることにしよう。必要な者には支援を惜しまない。以上だ」


 トラヴィスが話し終わると、暫しの静けさの後、うわぁっと一気に騒がしさが広がる。

 異世界に飛ばされたというトンデモ発言だけでく、トラヴィスが謝罪したという事実も騒がしさの大きな要因だと思う。

 王族が公式な場で謝罪するなど、信じられないことだ。

 けれど、その是非は置いておいても、今のトラヴィスには申し訳ない気持ちが優っていたのだろう。

 この場はただのパーティーじゃない。

 卒業を記念するパーティーだ。

 多くの生徒にとって、思い出になる大切な日だったはずだ。事情があったにしても、それを壊してしまったのには違いがないもんね。



 私は相変わらずシリルとニコラスに支えられて、その場を去る。

 リチャードとミシェルが追いかけてこようとしたけれど、トラヴィスがそれを拒否した。

 どう思ったのか分からないが、リチャードはミシェルを伴いあっさりと去っていった。

 興奮冷めやらぬといった生徒たちも、しばらくその場に留まった後、徐々に解散していったという。


 家系と独立した平等の学舎という考え方から、パーティーの場には子息令嬢しかおらず、その親たちは来ていなかった。

 彼らが家に帰り親の耳にも入ってから、王国中が騒ぎになるだろう。

 国が混乱に陥る前に、早く真実を見つけなければならない。







 会場から出て、私はトラヴィスが使っている個室に連れて行かれた。

 アカデミーのダンスホールにはいくつか休憩が出来る個室があって、前もってその部屋を予約して使う事が出来るのだ。

 王族だからと言って特別な部屋がある訳ではなく、至ってシンプルなお部屋だった。


 とにかく私の怪我を治療しようと医師を呼んでくれているのだが、その待ち時間に長ソファーのど真ん中に座らされ、右にトラヴィス左にシリル、背後にウォルトとニコラスが鎮座しさながら逆ハー漫画のヒロインのようだ。

 ニコラスが背後から可哀想なくらい狼狽えて「痛いか?」と何度も聞いてくる。

 反省の気持ちは十分に伝わったから、ちょっと落ち着いて欲しい。

 シリルも「傷なら治せるのに……脱臼はちょっと難しいんだ……。ごめんね……」としゅんとしていて、思わずよしよしと頭を撫でた。



「蘭……すまない。あの場でお前の無実を宣言することが出来ずに……」


 医師を待つ間、トラヴィスが申し訳なさそうに謝罪してくれた。

 確かにあの場で、そんなことは言える訳がない。当然だ。今はまだ私に不利な証拠があるのは事実だし、まだ仮定の域を出ないから。


 トラヴィスたちが私の無実を信じてくれているというだけで、とても心強い。

 それに私の罪に疑問点があると言う事実を宣言してくれただけでも、周囲の印象は変わる。

 それだけで十分だ。


「とんでもない! トラヴィスは王太子として当然のことをしたまでだよ。ありがとね。あっ! いけないもう敬語を使わなきゃだ! 恐悦至極に存じます」

「やめてくれ。公的な場以外では、今までのように話してくれると嬉しい。お前たちもだ」

「お! マジか!」

「はなから僕はそのつもりー」

「私はあまり変わらないですが」

「じゃそうするわ」

「お前ら切り替えが早いな」


 アハハとみんなで声を立てて笑う。

 私たちの間に、確かに絆があるのだなと感じて嬉しい。

 本当に、またみんなと笑い合うことが出来てよかった。




 その後すぐに医師が来て、私の肩をはめ直してくれた。

 えっ脱臼戻すのってこんな整体みたいな感じなんだね!?

 魔法とか一切使わなかったね!?


 なんて驚いているうちに屋敷からの迎えが来て、一旦トラヴィスたちに別れを告げて、シリルと屋敷に戻ることにした。

 多分、今後はこれまでのように頻繁に会うのが難しくなるかもしれない。

 私たちは、後ろ髪を引かれながら、わざと時間をかけて部屋を出る。


「蘭……いや、今はクローディアか。必ず、真相を明らかにすると誓う」

「私も尽力します」

「俺もだ!」


 最後、そんな風に声を掛けられた。

 彼らの言葉が嬉しくて、少し涙ぐんでしまったのは内緒だ。





「姉さん、僕は確認したいことがあるから、後で帰るよ。悪いけれど、先に帰ってもらってもいいかな?」


 私が馬車に乗り込むと、シリルは乗らずにそう言った。


「うん、良いけど……急に魔法を使ったりして、体は大丈夫? もう休んだ方がいいんじゃないの?」

「ありがと、でも平気だよ。じゃあ、また後でね」


 そう言ってシリルは、どこかに駆けて行った。

 駆けるというより飛んでいったなあれは。

 本当にもう、あっという間に本調子のようだ。



 実を言えば、シリルの最後の告白を思い出しどうしていいか分からなかったので、ほっとした。

 2人きりになったら何を話せばいいか分からない。

 シリルは、私があの告白を聞いていたかどうか判別出来ていないと思う。けれど、正直もうバッチリ聞こえていたし、覚えている。


 私は頬が熱くなるのを感じた。

 これからシリルとどう接すればいいんだろ……。

 そう思うと、堪らなくなって私は馬車の中で奇声を上げながら転げ回った。

 それは、御者が「お嬢様、どうなさいましたか!?」と慌てて聞いてくるまで続いたのだった。




 屋敷に戻ると、門の前で父と母が待っていた。

 きっと会場の外にいた使用人が、一足先に屋敷に戻って状況を伝えたのだろう。



「クローディア!!」

「一体何があったのクローディア!!」


 そう言って私に駆け寄る様は、まさしく子を心配する親のそれで。

 何で今まで気付かなかったんだろうと思うほど、2人から私への想いが伝わってきた。


 私の気持ちの整理がついただけで、こんなにも捉え方が変わるなんて。



 本当に、私が受け入れてなかっただけなんだ。



 そう思うと、何故だか涙が溢れてきた。

 すると、父と母はとても驚いた顔をした。


「ど、どうしたのクローディア! どこか痛むの!?」

「お前が涙を流すなんて……余程のことがあったんだろう」


 2人の反応からするに、詳しい話は聞いていないと思う。

 でもこうして待っていたということは、とにかく心配はしてくれたってこと。

 本当、親不孝な娘でごめんなさい。




「お父様、お母様。どうか、私の話を聞いて下さいませ」


 私は、意を決して言葉を発した。



 私は、2人の顔をこんなにまじまじと見たことがあったかな。

 そもそも私から2人に話をすることなんて、事務連絡でない限りなかったかもしれない。

 だから私の話を聞いてくれるか不安だったけれど、2人は顔を見合わせて、泣きそうな顔で頷いた。




 長い話になるだろうからと、3人でサロンに移動した。

 お茶と茶菓子を用意して、まずは一旦心を落ち着かせる。

 100パック入りお得用の茶葉とは違い、ものすごく美味しい紅茶を一口飲んでから、改めて切り出した。


「誰にも、ずっと話していなかったことがあります。それは……私には、別の世界の記憶があるということです」



 一つ一つ言葉を選びながら、私は説明する。

 私が元いた世界のこと、そしてこの世界にやってきた経緯。

 卒業パーティーでの断罪劇。

 元の世界に戻って、また蘭に戻ったこと。

 シリルやトラヴィスたちと過ごした1年間。

 そして向こうの世界で階段から落ちて、またクローディアに戻ったこと。


 信じてくれるか不安だ。

 無条件に信じてと言うには、私と両親の関係性が薄過ぎる。

 もしかしたら、頭がおかしくなったと思われるかも。

 もしかしたら、前のトラヴィスたちみたいに私が何かしたのかと思われるかも。


 けれど、私が話し終わるまで、両親は静かに聞いていた。




「そう……そうだったの……。だからあなたにとって私は、ずっと母になれなかったのね……」


 話し終わった頃には、もう日が随分と傾いていた。

 暫しの沈黙の後、ぽつりと母は呟いた。


「不思議だったの。ずっと、なんであなたは私たちに他人の様に接するのかしらと。けれど……そう。そうだったのね……」

「慣れない世界で、ずっと1人で苦しんでいたんだな。気付いてやれなくて、すまなかった……」


 そう言って2人は、おずおずと、触れても良いか迷う様に、私を抱きしめた。


「ごめんなさい……。ちゃんと娘になれなくて、ごめんなさい……」


 私は、はしたないほどボロボロと涙を流して、2人に抱き付いた。

 ただ私が受け入れていなかっただけ。

 ちゃんと2人は愛してくれていたのに。

 拒絶して勝手に距離を取って、どれほど2人を苦しめただろう。


「あの……今更ですが……本当に今更なのですが……本当の、お父様とお母様と思ってもいいでしょうか……」

「っもちろんよ!」

「私たちは間違いなく、クローディアの親だよ……!」


 私たちは3人ともボロボロに泣きながら、ひとしきり泣いた。

 恥ずかしい様な、嬉しい様な、不思議な気分だった。





「しかし……お前にそんな嫌疑が掛けられていたとは……。殿下たちも偽の証拠に踊らされた訳だな」


 その後、3人揃って夕食を食べた。

 これまで話をしながら食事をするなど余程のこともない限りなかったのに、先程から話が尽きない。


「ディアにそんな疑いがかかっていたなんて、驚きだわ。ディアがいかに民の為を想い清貧に暮らしているか、この屋敷と領地の者ならみんな知っているというのに」

「まさか我が家にそんな嘘を吐くメイドがいたとは……。ジル、という洗濯メイドだな。一体どういう経緯で我が家に来たのか、確認してみよう」

「ありがとうございます、お父様、お母様……」


 一度私が受け入れてしまったら、嘘みたいに話が流れていく。

 まあ会話のネタに尽きない状況だし、複雑だけれどよかったかもしれない。

 まだぎこちなくはあるけれど、それでも2人の想いは伝わってくる。

 その日の夕食は、最後まで話が尽きることはなかった。




 事実、その後お父様はメイドのことを調べ、トラヴィス主導で行われた麻薬の密売ルートの調査にも尽力してくれた。

 お母様はこれまでの時を埋める様に、私とお茶をしたり、刺繍をしたり、2人の時間をたくさん作った。





 そして、卒業パーティーから1ヶ月後。

 真相を明らかにすると、私たちは王宮に呼び出されることになった。


 私はお父様とお母様と3人で、王宮に向かう。

 そう、3人だ。

 この1ヶ月、シリルは一度も屋敷に帰ってこなかった。

 王宮に居るという連絡は入っていたので心配はしていなかったが、不安は不安だ。

 何故、一度も帰ってこなかったのだろう。





 3人で王の謁見室の扉の前に立つ。

 この中には、どんな事態が私を待ち受けているのだろうか。


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