第43話 ずるい

 わたしと妃乃の馴れ初めを話していると、だんだんと七藤の顔が険しくなっていった。

 話すべきことは話したところで、七藤に尋ねる。


「えっと……どうか、した?」

「……いや、なんでもない」

「なんでもないことはなさそうなんだけど……?」

「なんでもないってば」

「そう……?」


 七藤の態度の変わりようが気になる。どうしてそんなに悩ましげな顔をしているのか。


「……水琴。ごめん、あたし、もう行くわ。そっちの彼女にも悪いし」


 七藤が去ろうとする。納得いかなくて、その袖を掴んだ。


「待ってよ! どういうこと? わたし、何か変なこと言っちゃった?」

「変なことなんて、別に……。だから……その……」

「何? どういうことか教えて? せっかく友達になれると思ったのに、急にそんな態度取られたら傷つくよ」

「……ああ、もう! あたしだって、水琴とは友達になれそうだって思ったよ! けど、けどさぁ……っ」


 七藤が唇を引き結ぶ。そして、心底苦しそうに、絞り出す。


「あたしのことは忘れて。もう、会うこともない」

「なんで? 待ってよ。全然わけがわからないよ。どうしてそんな話になるの?」

「余計な詮索はしないで。突然で悪いけど、もうそういうことなんだって。あたしはもう帰るから、水琴は例の子と幸せに暮らしなよっ」


 七藤がわたしの手を振り払い、そそくさと走り去ってしまった。追いかけようとしたのに、とっさに体が上手く動かなくてずっこけた。バカか、わたしは。七藤の背中が小さくなる。


「なんなの? 一体……」


 状況がわからない。

 けど……一つ、七藤のセリフが気になった。


「例の子……?」


 七藤との会話で、妃乃のことをそんな言い回しで表現することはなかった。

 妃乃を例の子と表現するのは……銀子だ。


「……え? 銀子……?」


 もしかして……もしかしてだけど、七藤って、銀子なの?


「もう会えないって……それは……」


 七藤が銀子だとしたら。

 七藤が語ったネット上の好きな人とはわたしのことで。

 七藤……いや、銀子は、わたしのことが、好き……?


「だから、もう会えないの? わたしのことが好きだって、本当は言っちゃいけないことだったから……?」


 わたしには妃乃という恋人がいる。

 それでも銀子と交流できていたのは、わたしと銀子の間に恋愛感情はないと思っていたから。

 それなのに。

 わたしたちの間に恋愛感情が関わっているとしたら、わたしは……銀子と交流するべきじゃない。

 そんなの、妃乃を余計に不安にさせるだけ。わたしがいつか銀子のところに行っちゃうかも、と。


「そんな……やだ……銀子と、今までみたいには交流できないなんて……」


 何も気づかなければ、今まで通りでいられたかもしれない。

 だけど、わたしは七藤と銀子が同一人物だという可能性に思い至っている。

 妃乃は心が読めるから、誤魔化すことはできない。


「……わたし、銀子を失うの……?」


 わたしの心のより所になってくれた人。

 お互いに何でも話せた、家族や友達よりも深い絆を築いた人。

 失えない、大切な半身。


「嫌だよ……。銀子……っ」


 出会わなければ良かった。

 妃乃との馴れ初めなんて話さなければ良かった。

 銀子の本当の気持ちなんて、知らなければ良かった。


「……ずるいな」


 自分の都合でそんなことを思うなんて。

 わたしはずるくて汚い。


「……もう、やだぁ……」


 立ち上がる気力も沸かない。

 この場で幼児みたいにわんわんと泣きわめきたい。

 しばらく呆けたまま、曇り空を眺めていた。

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