第21話 日曜日

 目が覚めたら、妃乃がわたしを背後から抱きしめる状態だった。


「……んむ?」


 これは……えっと、所謂事後という奴だろうか。

 いやいや、そんな記憶はない。泥酔して眠ったわけでもないのだから、記憶がないというのは、そういうことをしたわけじゃない、ということだ。


「……あれからどうしたんだっけ」


 まだぼんやりする頭で、昨日の流れを思い出す。

 銀子に返信した後、妃乃と少しじゃれあって、それから妃乃は先にお風呂に入った。一緒に入りたいなぁ、と思っていたのだけれど、妃乃から、「今日はまだダメ」と断られた。理由は教えてくれなかった。妃乃の後にわたしも体を洗って、それから就寝準備をこなしつつ、妃乃の部屋に入ってまったり過ごし始めた。

 わたしとしては、いつ妃乃が誘ってくれるのかなー、とうずうずしながら待っていたのだけれど、結局妃乃は何もしてくれず、気づけば十二時を過ぎていた。

 妃乃が先に、「そろそろ寝よっか」と言い出して、お預け食らったわたしは悶々としながらもそれに従った。

 いやいや、そんなこと言いながら本当はするんでしょ、とベッドに入ったところ、妃乃はわたしを抱き枕代わりにして本当に寝入ってしまった。

 わたしの気持ちを知っているくせに、どうしてそんな生殺し行為をするのかと憤った。その想いもぶつけた。結局、妃乃は何もしてこなかった。

 妃乃の体温を感じながらではろくに眠ることもできず、さらには体がうずうずしてきてしまった。「妃乃がこんな放置プレイをするせいだぞ!」と密かに怒鳴り散らかしつつ、わたしは長いこと妄想に耽りながら自分を慰めて……気づいたら朝だった。っていうか、朝かな? 今、何時?

 スマホがどこかに転がっていないかとまさぐっていると、後ろの妃乃が身動ぎ。


「……ん? あ、おはよー、瑠那」

「……おはよう、妃乃。昨日は散々わたしの純情をもてあそんでくれたね」

「え? なんのこと?」

「わかってるくせに! わたしはそのつもりだったし、早く早くっておねだりしてたのに、何にもしてくれなかった!」

「……ああ、ごめんごめん。あんまりおねだりしてくるものだから……これはもっとたくさん焦らしてあげなきゃ可愛そうだって思っちゃって」

「どういう思考なの!? おかしくない!?」

「でもさ、瑠那。……焦らされながら一人でするの、気持ち良かったんでしょ?」

「はぁ!? い、いきなり何言ってるわけ!? そんなことしてないし!」

「私に隠し事は無理だよー。そもそも、瑠那が一人でしてる間、私、起きてたし」

「うぇ!? う、嘘だ! 絶対寝てた!」


 そうじゃなきゃいけない! あの妄想は、決して見られてはいけない!


「瑠那ってさぁ……ちょっと変態な部分あるよね。猫耳つけさせられて、攻められながら猫みたいににゃぁにゃぁ鳴きたいだなんて」

「そんな妄想してない! 絶対してない!」


 してたけど! 大興奮してたけど!


「大丈夫。私、瑠那の全てを受け入れるから」

「だから、そんな妄想してないから!」

「そうやって無駄なあがきをするところも好きだよ。本当に可愛い」

「……してないってばぁ」

「瑠那の妄想を覗くの、結構楽しい」

「今度は何の話!?」

「瑠那がわたしを待ちわびて、はちゃめちゃな妄想しているのが可愛くてしょうがない。焦れったくて焦れったくて、悶々しちゃってるのが可愛くてしょうがない。……もうしばらく、このまま暴走する瑠那を見ていたい」

「性格悪いよ! わたしをなんだと思ってるの!?」

「世界で一番愛しい人。だから、瑠那の可能性の全部を引き出したい。これからどんな妄想を頭の中で展開させるのか、もっともっと見てみたい」

「そんな可能性の追求いらないよ!」

「でも、わかってる? 瑠那って……焦らされて焦らされて、胸がきゅぅってなる感覚、本当はすごく好きでしょ」

「そんなこと、ない!」


 ないよね? わたし、そんな変な性癖ないよね!?


「私はただ、瑠那の幸せを思えばこそ、こうして緩い接触で我慢しているんだよ? 私も本当は瑠那ともっと距離を縮めたいのに、我慢してるの」

「嘘だぁ……。意地悪してるだけだもん……」

「意地悪されるのも好きでしょ? 大好きな人にもてあそばれて、鬱屈した想いを抱え込むのが快感なんでしょ?」

「わたしはそんな変態じゃないってば!」

「瑠那、私のこと、好き?」

「好きだよ! もちろん好きだよ!」

「私にこんなこと言われても好きって即答できるんだから、それが答えだよ」


 妃乃が、全てお見通しとばかりにくすくすと笑っている。

 これは、わたしが本質的に変態的な性癖を持っているのではなく、妃乃に無理矢理変なものを目覚めさせられているだけな気がする。


「悶々してる瑠那、好き」

「そんなわたしを好きになるな」

「無理。もうそういう瑠那しか愛せない」

「こんな恋人やぁだぁ……」


 妃乃はわたしが思っていた以上に歪んでいる。それだけは、よぅくわかった。


「私は瑠那がいい」

「……黙れ、変態」

「お互い様」

「はぁ……。本当に大丈夫かなぁ、妃乃と一緒になって……」

「大丈夫。私と一緒にいることが一番の幸せだって、わからせてあげるから」

「調教される動物の気分だよ」

「それもぐっとくるでしょ?」

「それは流石にないよ!」


 やれやれ。

 こんな戯れをしているうちに時間が過ぎる。

 ようやくベッドの下に落ちていたスマホを発見し、時刻を確認すると、既に十時を過ぎていた。何時に寝たのかも覚えていないけれど、わたしとしてはかなり遅めの起床だ。

 ベッドから抜け出す前に、先に一つ尋ねてみる。


「ところで、魔女ってなんなのかな? それがなんであれ、わたしが妃乃を好きなのは変わらないけど、ちょっと気になる」

「……詳しいことは言えない。ただ、世の中には特殊な力を持った人間がいて、私もその一人」

「ふぅん。魔女っていうくらいなら、魔法が使えるの?」

「魔法らしい魔法を使う魔女もいる。でも、私は人の心が読めるだけ。それ以外はただの人。……って言っても、心を読めるっていうだけで、空を飛べるとかよりもすごいことではあるんだけど」

「心が読めたらなんでもできちゃうよね。生活には困らない」

「でも、できないこともある。……例えば、瑠那のように小説を書くこと。他人の心を読んでも、物語は紡げない」

「……人の心が読めたら、だいぶ創作の助けにはなりそう」

「かもね。ただ、それでもやっぱり、小説という形にするにはまた別の力が必要。だから、瑠那はすごいよ。尊敬する」

「……妃乃に褒められると、心が薄手のビニール袋くらい軽くなるよ」

「あのねぇ、もうちょっとマシな例えはないの?」

「クジャクの羽くらい軽くなるよ」

「それ、軽いの? 重いの?」

「さぁ。でも、たぶん綺麗だよ」


 魔女とは何か。それについてわたしが知る日が来るのかはわからない。

 気にはなるけれど、どうでもいいことだとも思う。

 わたしにとって大切なのは、魔法がどうのこうのではなく、妃乃が傍にいてくれることだ。


「……瑠那のそういうところ、好きだよ。それじゃ、そろそろご飯作るね」


 妃乃が先にベッドから抜け出す。当然だが、ちゃんとパジャマを着ている。


「あとさ……瑠那、今日はたぶん、遊びたい気分じゃないよね?」

「……どういう意味?」

「小説、書きたいんでしょ? わかってる。瑠那はそういう人。私とデートしてる間も、小説のことを忘れてはいなかった」

「……小説は、確かに書きたいかも」

「書いていいから、私の部屋にいてよ。パソコンもあるから大丈夫でしょ?」

「……うん。大丈夫」


 それから、二人で朝ご飯を食べて、着替えや身支度を整えて、わたしは執筆を始めた。

 妃乃は同じ部屋で昨日買った小説を読んでいた。

 時折おしゃべりもしたけれど、静かに過ごす時間が長かった。

 妃乃には寂しい思いをさせているのではないかと心配にもなった。しかし、妃乃はわたしをむしろ励ましてくれた。


「瑠那は、瑠那のやりたいことを思い切りやって。その上で、私のことも大事にして。私は瑠那の足を引っ張る存在になんてなりたくない」


 きっと、色々と思うところはあると思う。

 それを押し隠してわたしを応援してくれることに感謝して、わたしは……今まで以上に真剣に、小説に向き合ってみるべきなのかもしれないと思った。

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