灯火(二)


 寝心地が悪い。いつもと違う。


 土や草木のにおい?


 そうか、キャンプに来てたんだっけ。柚莉ゆうりは……。

 いない――。トイレかな?


 10分経った……。

 いくらなんでも遅すぎないか?


 テントの外に出てみると思っていたより寒い。残暑は厳しくてもやはり山は冷えこむ。近くに柚莉の姿は見えない。


 ん? 待てよ!?

 シュラフの横にあったのは寝る前に脱いだパーカーじゃないのか? 柚莉は薄着のまま外へ出たのか!?


 外は真っ暗でライトは見えない。もしかして迷ったのか!?


「柚莉!」


 呼んでみたけど返事がない。近くにいないのか?


「柚莉っ!!」


 ダメだ、返事がない。探しに行こう!


 入れ違いになって柚莉が迷わないように、テント内のランタンは明るくしておく。ライトを手にして林へ向かった。


「柚莉、どこだー!?」


 テントを張った場所はひらけているけど、少し先は低木と木々が茂っている。こんな暗い場所をさまよっているのか! 早く見つけてあげないと!!


「柚莉ー!」


 どうしよう返事がない。迷ってしまったんだ! まずはこの林から探そう。


立助りゅうすけ!」


「えっ?」


 後ろから声がした。木陰に何か――。あ、柚莉だ!

 オレは走って彼のもとに行った。


「柚莉! 大丈夫!? 怪我はしてない!?」


「う、うん。大丈夫」


「よかった……」


「心配かけてごめん。トイレに行ってたんだ」


「トイレ!? ライトも持たずに!?」


「すぐ近くだったし」


「名前を呼んだんだぞ。なんですぐに返事しなかったんだ!」


「ご、ごめん」


「心配したんだぞ!」


「……ごめんなさい」


 つかんでいる手に力を入れすぎた。それに強く言いすぎた!


「ごめん、言いすぎた! 柚莉はキャンプ初めてって言ってたから、迷ってしまったのかと思ったんだ」


「あ……」


 よけい申し訳ない顔になり、消え入りそうな声で謝っている。何もなかったからよかったけど、もうこんな思いはしたくない。


「柚莉、トイレに行くときは絶対に一声かけて」


「わ、わかった。ごめん」


「さ、テントに戻ろう」


 約束してくれたからひとまず安心だ。でももう眠気は覚めてしまった。



 またランタンを囲んで話をしている。


 柚莉が山のことを聞いてきたから、名山と呼ばれるところをいくつか紹介する。寝転んで話をし、つまみに伸ばした手が柚莉の手にふれた。とても冷たい!


 飛び起きて手を取った。


「手が冷たいじゃないか! 体が冷えているぞ!」


「大丈夫、冷え性なんだ」


「でもこれは冷えすぎだよ」


「慣れているから大丈夫」


 つかんでいる手は氷のように冷たく、よく見ると顔も真っ白だ。体全体が冷え切っているんじゃないのか?


「……柚莉、ウォッカ飲んで体を温めて」


「いいよ」


「アルコールが入れば温かくなるんだ」


「今のままで大丈夫だから」


「お願いだ。心配なんだ」


「…………」


 柚莉は困った顔をしている。飲みたくないと伝わってくるけど、このままでは風邪をひいてしまう。


「このとおりだ。頼むから飲んで」


 頭を下げて頼んだけど返事がない。つかんでいる手に力が入ってしまう。


「柚莉、頼むから飲んでくれ」


「……少し…だけ……だよ?」


「ちょっとで十分だよ!」


 気が変わらないうちにカップにウォッカを注いで渡し、「一気に飲んで」とすすめた。柚莉はカップを手にしたまま、目をしばたたき躊躇ちゅうちょしている。


「頼むよ……」


 もう一度言うと、目をつぶって一気に飲み干してくれた。


 柚莉はすぐにむせた。けほっけほっと咳をして驚いた顔をしている。初めて度が強いアルコールを飲んだみたいだ。カップに水を入れて渡すと、すぐに飲み干した。


 しばらくすると柚莉の血色がよくなった。頬がピンクになり目がうるんでいる。ほろ酔いのようだ。


「柚莉? 大丈夫?」


「大丈夫、ありがとう」


 にこっと笑って答えてきた。ほわほわとしているのが見てとれる。柚莉はお酒に弱いようだ。さっきまで感じていた緊張感がなくなっていて、ぼんやりとしている。


 話を続けていたけど柚莉の口調がゆっくりとなり、うとうととし始めた。シュラフから肩が出ていたので中へ入れようとしたが、ふれると嫌がった。


「風邪ひくよ、肩を入れて」


「ん――!」


 言うことを聞いてくれない。頑固な姿に少しいら立ってきた。


 気持ちを落ちつけるためテントから出ると派手な物が落ちていた。ライトグリーンにピンクの箱――。雪竹が渡してきた煙草じゃないか。


 なんでこんな所に……? オレが持っていたものが落ちたのか?

 でもキャンプに持ってきてたっけ?


 煙草の箱を拾い上げたら小さな音が聞こえた気がした。



   ユウリガ スキナ ニオイ



 一本取り出した。上着のポケットに手を入れると何か入っている。


 ライターがある。なんで……?

 まあ…いいか。


 火をつけて煙草を吸ってみた。不思議な煙草だ。気分がふわふわとなる。もう一度、吸ってみる。なんだか気が大きくなる。


 吸い終えてテントに戻った。


 柚莉が寝ている。シュラフにちゃんと入ってもらおうと体をゆすった。嫌がられるかと思ったら手のにおいを嗅ぐとほほえんだ。


 あ…… 柊兎と勘違いしている――。


 おそるおそる手を伸ばして柚莉の顔にふれる。またにおいを嗅ぐと、にこおと笑って手にすり寄った。ふれても嫌がらない……。



   ダレモ ミテイナイ



 柚莉は寝ている。

 オレを信頼して寝ている――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る