首吊り死体

めへ

悲恋

職場へ行く道を、今日は変えてみた。


とくに何があったわけでもない。むしろ何も無いから、気分を変えたくてそうしたのかもしれない。


人気の無い、住宅街の塀に囲まれた裏道を過ぎると、鬱蒼とした林が見えた。


林の先には老朽化した建物がある。


興味を惹かれたが、急いでいるので通り過ぎた。


建物の二階の窓に人影を感じ、足を止める。


目を凝らしてみると、それは髪の長い女の様であった。

服装はおそらく白いブラウスがシャツ、それ以外は分からない。


てっきり廃墟だと思っていたが、人が住んでいるのだろうか。


職場では仕事の忙しさに追われていたが、終業し一息つくと、あの老朽化した建物の中にいた女の事を思い出し、気になって仕方なくなった。


帰り道も同じ道を辿り、今度はあの建物の前まで来てみた。


表札は無く、やはり最初思った通り廃墟らしい。ドアは少し開いていて、入る事は可能なようだった。


しかし中には入らず、再びあの二階の窓へ目を向けた。

最初見た時よりも近くへ寄ったせいか、よりはっきり見える。

しかし顔は影になっていてよく見えない。

ひょっとしたら人形かもしれない。


それからはずっと、職場の行き帰りでその道を通り、そして帰り道は廃墟の前まで行き、女の姿を確認するようになった。

そしていつの間にかその習慣が非常に大切なものとなり、自分が顔も知らないその女に恋をしている事に気付くまで数週間かかった。

たとえ人形でも構わない、もし人形であるなら連れ帰って自分の家で共に暮らそうと思った。

彼女もこんな薄暗い廃墟に一人でいるよりは良いと言ってくれるはずだ。


意を決して廃墟に入ると、電灯の無い室内は窓からの日を頼りに薄暗く、埃っぽかった。

このような不衛生な場所に、彼女をこのまま置いておくわけにはいかない。


きしむ階段を上り、二階へ上がる。

彼女のいる部屋の前まで来て、緊張と期待に心臓が強く脈打つのを感じた。


深呼吸し、扉を開ける。


何度も見上げ、恋い焦がれた彼女の後ろ姿、髪は長く黒い。白いトップス、ボトムは青いロングスカート。


そして、彼女は中に浮いていた。

さらに頭からはロープが。


自分がずっと見上げ、恋い焦がれていた女は既に死んでいたのだ。


ショックのあまりそこから先はよく覚えていない。

愛する人にやっと会えたと思ったら、死人だったのだ。

どこをどうやって歩いたのか分からないが、どうにか帰宅していて、それからは何をする気にもなれず、仕事を辞めて家でずっと呆けていた。


何日、何ヵ月経ったろうか。


再び、あの廃墟へ行った。

途中、すれ違う人達は皆自分から目を背け、できるだけ離れようとしていたが無理もない。

あれからずっと、着たきりで服は着替えず、風呂にも入っていない。不審者に見えるのだろう。


廃墟の二階へ上がると、そこにはもう彼女がおらず失望した。

きっと他の人間に見つかり、警察にでも届け出を出されたのだろう。


彼女のいた位置に立って、窓の外を眺めた。

彼女が見ていたものを少しでも共有したかった。


天井にあるつっかえに、持ってきたロープをかけると、輪に自分の首をくぐらせ足を離した。








◯月◯日、✕✕県∇市の廃墟で、男の死体が廃墟マニアにより発見された。


死体は首を吊っており、自殺と考えられる。


死後かなりの月日が経っており、ズボンが破れてまるでロングスカートの様であったのと、髪が長かった事から、第一発見者は最初、女の死体であると勘違いしたという。








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