#6 空に送る光(最終話)

 レールガンの砲身は普段、ごくわずかに仰角がついた、ほとんど水平に近い状態を保って巨大な砲座の上から空中へと伸びている。

 通常は各種点検や発射訓練の際のみ、長大な砲身は頭をもたげ、空を指すことになる。ところがこの白浜砲台では、その例外となる行事があった。


 鹿賀機と大南機、第一駐機場に並んだ二機の三〇系SSTは管制部の指示を待っていた。機関は上がっていて、いつでも飛べる。

 すでに日は落ちて、司令塔に設置された投光器からの強い光が、二機の足元にくっきりとした影を作っていた。

「九九七、および一三二○へ。基地主砲、60秒後に無旋回・仰角45度への動作を開始します。離陸準備を」

 石上軍曹からの通信が入る。今日ばかりは、加賀少尉たちも軽口を叩くことはなかった。「特命任務」本番。

 了解、とだけ返し、二人は黙ってスロットルペダルに足をかける。


 二機のSSTには、レールガンの先端から伸びる、二本の長いケーブルが接続されていた。砲身が仰角を上げるのに合わせ、SSTも離陸して高度を上げ、ケーブルを吊り上げることになっている。操縦を誤れば事故につながりかねない、危険な作業だった。

 無人の大型輸送ドローンにでも任せたいところだったが、最大運用荷重や機動力においてはるかに勝るSSTを使用するほうが、むしろ安全と言うのが司令部の判断だった。

 何より、人気のSSTが出動したほうが


「離陸へのカウントダウンに入ります。十……九……」

 残り秒数を読み上げる、石上軍曹の落ち着いた声が聞こえる。鹿賀少尉はペダルを踏みこみ、シフトレバーに手をかけた。

「二……一……離陸リフト・オフ!」

 鹿賀機と大南機は同時に垂直離陸した。飛行ファンの轟音を響かせながら、武骨な機体が真っすぐに夜空へ向って行く。


 続いて、巨大なレールガンの砲身が、ゆっくりと起き上がり始めた。その様子はまるで、二機のSSTがケーブルを引っ張って、レールガンの先端を持ち上げているようにも見えた。

 上方にぴったり45度持ち上がったところで、レールガンの動作は終わった。SSTはさらに上昇を続け、砲身の斜め上方の空中で静止ホバリングする。


 その頃、基地のそばにある市民競技場には、周辺の地域住民が大挙して押し寄せていた。階段状の外野席からは、空を指す銀河級レールガンの雄姿が真正面に見える。

 やがて、スコアボードの下に設けられた演壇上に鳥羽司令が姿を現した。一斉に拍手が湧き起こる。


「白浜基地司令官、鳥羽でございます。みなさま、大変お待たせいたしました」

 例によって「18のL」などとやり始めるかと言うと、一般市民相手にそんなことはしない。挨拶はごく手短に済ませた。

「それではいよいよ、恒例の『空に送る光』。点灯です!」

 司会のアナウンスに合わせ、鳥羽司令は手元のボタンを押した。


 地上から夜空に向かって、一筋の光が伸びていく。レールガンの砲身にずらりと並んだ強力な放電灯が、地上の砲座側から順番に点灯を始めたのだった。

 そして、その光が砲身先端にまで達すると、今度は二機のSSTが吊り下げるケーブルに等間隔で取り付けられた放電灯が、順番に点灯して行った。


 全ての点灯が終わったとき、長大な光の弧が冬の夜空に出現していた。壮大なイルミネーション。

 南紀白浜基地の恒例行事、「空に送る光」。

 元々は、殉職した軍人や基地関係者の慰霊のためという名目で始まったものだった。発案したのは、鳥羽司令だ。

 地上から上がる大歓声は、遥か上空で操縦に集中している鹿賀少尉たちにさえ、届きそうなほどだった。

 その瞬間、地上と空をつなぐ使者として、二人のパイロットは任務を果たそうとしていた。


 金網が取り付けられた留置所の窓の向こうにも、その光の弧は輝いていた。

「くだらない。こんなことに、大事なレールガンを使うなんて」

 毒づきながら、アケミママは狭い夜空をじっと見上げる。

 くだらない。それなのになぜ、こんなに美しいのだろう。


 飾り物として使われる巨大兵器。

 夜空に輝くその姿は、彼女の息子が願った平和が守られていることの証しなのだった。

(了)

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夜空に輝くレールガン ~12月の特命任務~ 天野橋立 @hashidateamano

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