第4話 また逢う日まで

テオドールの手がゆっくりと緩む。


悲しみを圧し殺し、力強く笑ってくれる父の顔に、エメラルデラが僅かに微笑んで応える。

今度こそ身体を離すと、足元に置いていた弓矢を担ぎ、使い込まれ飴色に照る革の弓筒を背に掛けた。


そうやって準備を進めるエメラルデラの元へと、荷物を咥えたヒポグリフが一匹、歩み寄ってくる。

目の前に立ち止まった勇ましい姿を見上げると、エメラルデラは困惑しながら嘴を撫でた。


「お前…本当に付いてくるつもりか、オダライア」


黒く艶やかな体躯たいくを持つヒポグリフは、当たり前だと告げるように嘶いた。


上半身がわし、下半身が馬の嵌合体かんごうたいであるヒポグリフは、時折人間に我が子を預けていくことがある。

血族を安全に、多くのこすための手段としての託し子であるが、人間にとっても利点が多い。

そのため迎え入れ、大切に育み、家族の一員として共に過ごすのだ。

このヒポグリフも同じように託され、幼いエメラルデラが懸命に卵から孵し、オダライアと名付けて育ててきた。


わば弟のような存在であるオダライアは、瑞雲が現れた時から、エメラルデラの側を離れなくなっていた。

そして、嘴に荷物を咥えては自分も旅に出るのだと、主張して止まないのだ。

意思を曲げないオダライアに、エメラルデラは溜息を漏らす。


「本当に、困った奴だよ…分かった、一緒に行こう」


エメラルデラが折れると、オダライアはようやく咥えていた荷物を手放した。

必要な物がすべて整ってしまえば、後は出立するだけだ。エメラルデラは改めて家族に向き直り、頭を僅かに下げた。

そして、再び顔を上げた瞬間、こちらを遠巻きに見ていた子供たちが駆け出してきた。


目の前に来た子供たち…竜の災禍さいかに巻き込まれ孤児となった三人の子の内から、一番年長の少女であるエウリカが、獣の皮を縫い合わせ作った袋を、差し出してくる。


「私に…?」


エメラルデラは戸惑いながらも、自分の片手に収まるほどの袋を受け取り、そっと開いた。

途端に食用に向いている種子や、乾燥させた甘酸っぱい木の実たちが転がり出る。

生きるために積み重ねてきた貴重な備蓄が、愛情と共に零れ出たのだ。


「みんなで集めたの。食べて…ちゃんと、ちゃんと…帰ってきてね」


大切だから、生きていて欲しい。

願いを込めた言葉。エウリカの大きな瞳が揺れて、エメラルデラを映し出している。


エメラルデラの唇は戦慄わななき、閉ざされ、今溢れる感情を言い表せずにいた。

近付くことを恐れ、いつも皆から距離を取り、わざと遠ざけていたというのに。


それでも、想ってくれている―――


切なさと同時に、愛しさが溢れ出る。


「ありがとう、エウリカ…皆…大切にするから」


エメラルデラは宝物のように贈り物を胸に抱き、小さく、噛み締めるように呟くと、もう二度と帰れないかもしれない家族の元を後にしたのだった。

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