3. 『腐土』

「だから、偵察はローラ様とオレとフランと影丸で行くって言ったのに……」

 早速、怪物の偵察にお花畑に向け飛んでいくローラさんの後に続く私に、背後からガスのぼやく声が掛かる。

「勇者の力がいるっていったのはガスでしょ!」

「それは偵察して怪物についての確証が取れてからに……」

「すぐに私の力が使えれば、手間が省けていいでしょ!」

 ガスはふにゃと息をつき、口をつぐんだ。

「……まあ、そう言ってやるな。薬屋の心配にも一理ある。勇者殿は実戦経験は?」

 ローラさんが振り返り、訊いてくる。

「……いえ、まだ訓練しか……」

 彼女の顔に浮かんだ苦笑に、私はしゅんとうつむいた。

「なら、偵察は私が行うから、勇者殿は万が一に備えて控えていてくれ」

 ローラさんが前を指差す。

「ここからがお花畑だ」

 森の木々が途切れ、ぽっかりと草原が現れる。若い緑の上には青に白、黄色に赤に紫と色とりどりの花が咲いていた。どの花もハニービー達が手入れしているのか、人界の花より一回り以上大きい。

 そして……。

「……なるほど、金獅子草にそっくりですね……」

 ガスが薬箱からまた綴りを出し、白いページにスケッチを始める。

 お花畑の真ん中に怪物がいた。巨大な濃い緑のギザギサのある長い葉を四方に広げ、中央には根本が赤く大きく膨らんだ太い茎がずんぐりと立っている。その天辺には黄色の沢山の細い花びらが重なった丸い花が青い空に向かって咲いていた。今、まさに足下に咲いている金獅子草を数十倍に大きくしたような姿だ。

「うう……」

 私の肩で影丸が気持ち悪そうに唸る。

「どうだい? フラン」

「間違いないわ。アレの気配がする」

 弱小モンスターのせいか、危険に敏感なフランが水色の身体を大きくくねらせた。

「ローラ様がご覧になったとき、あの怪物は森にいたんですよね」

「ああ……、まさか移動出来るのか?」

 どのくらいの速度で動くかは解らないが、怪物は移動することが出来るらしい。となるとお城を襲いに来るかもしれない。ローラさんの顔が強ばった。

「ローラ様。私達はこちらの森で土砂の流れ込んだ痕跡を探します」

 ガスが描いたスケッチの上に吸取紙を重ね、綴りを閉じる。

「解った。私はお花畑を探そう」

「では、影丸を連れていって下さい。彼は感覚が鋭敏なので、上空からでも一早く気付くと思います」

 フランが影丸にさっきの気配がしたらローラさんに知らせるように告げる。

「奴に気付かれないように、くれぐれもお気をつけて」

 ローラさんが背中に影丸を乗せ、翅をそっと震わせて、まずは高く飛び立った。

「じゃあ、ミリー行くよ」

 ガスが薬箱を担ぎ直す。私達も今歩いてきた森の中の捜索を始めた。


「ねえ、ガス、フランの言った『アレ』って何?」

 木が生い茂る森の中、常にお花畑の怪物を視界に置くようにして、地面を丹念に見回していく。

「『腐土ふど』のことだよ」

「『腐土』!?」

 思わず声を上げた私に「お嬢、静かに!」フランの注意が飛ぶ。私は口を押さえ、怪物が動いてないことを確かめると小声で訊いた。

「『腐土』ってあの魔王の?」

 百五十年前、皇国と東方四国を襲った『腐土の魔王』はその名のとおり大陸の土を『触れたモノは堕落するか、怪物に変わる』という『腐土』に変え、人々を苦しめた。本来、フランのように言葉が話せたスライムが知性を失ったのも、この『腐土』に触れたせいだ。しかし『腐土』は『輝石の勇者』の魔王討伐の旅で浄化されたはず……なのだが。

「人間が住んでいるところの『腐土』はね。でも、それまで未踏だった地や、こんな魔物の縄張りには残っていることがあって、時々災いを起こすんだ」

 『腐土』が発見された場合、皇国では勇者が献上した『輝石』で、東方四国ではアルスバトル家の者が浄化するという。

「お父様が?」

「うん。今はセシル様に変わっているけど、それまでは公主様に頼んで浄化して貰っていた」

 それが『輝石の勇者』の子孫である私達が未だに『勇者』の力を持つ理由でもあるらしい。

「じゃあ、あの怪物は本当に金獅子草が『腐土』で怪物になったものなのね」

「そうよ。『腐土』特有の嫌な瘴気を感じたもの」

 フランがぷるぷると揺れる。

「ということは、この森かお花畑に『腐土』が現れたか、どこからか流れ込んだことになるんだ」

 それがまだ残っている場合、先に『腐土』を浄化しないと、怪物が更に増えてしまう。

「なるほど……」

 怪物はじっとしている。その上空高く、影丸を乗せたローラさんが旋回していた。

 そうだ。私も勇者なんだから、フランのように『腐土』を感じれるはず。 フランに『腐土』の瘴気の気配を教えてもらう。

「肉が腐ったような嫌な臭いと、ぬるりとした感触を伴う瘴気……」

 目を閉じ、勇者の知覚を広げる。私の鼻を腐ったような臭いがかすめる。周囲を見回すと

「坊ちゃま!!」

 フランの悲鳴と共に

「…………!!」

 影丸とローラさんの叫び声が聞こえた。


 怪物から茶色の蔓のようなものが伸び、ローラさんの足に絡んで振り回している! 

 影丸が振り落とされ、地面に転がると彼にも向かって蔓が伸びた。

 私はショートソードを抜き、集中した。自分の動きを速くする力を発動する。途端に叫んでいるガスやフランの声が間延びして聞こえ、蔓の動きもゆっくりと見えてくる。

 一気に駆け出す。

 影丸が蔓に気付き、とぷんと水中に潜るように花の影に潜る。彼に伸びていた蔓が空を切る。影丸は大丈夫。私は地面を蹴り、飛ぶとローラさんの足に絡んだ蔓を叩き切った。

「すまん!」

 ローラさんが翅を動かし体勢を整え、絡まった蔓を払い落とす。

 下から影丸を見失った蔓が私達に向かう。更に怪物は金色の花をこちらに向けた。途中までは普通の金獅子草と同じ細い黄色の花びらの重なり。しかし中央には花びらとは逆方向に白い牙のようなものが蠢いている。

「あれで仲間達を……」

 隣でローラさんがレイピアを抜く。

 怪物の緑の葉の下から一斉に蔓が何本も現れ、私達に襲い掛かった。


 ひゅん! ひゅん! と蔓が空を切り、次々と襲い掛かってくる。

 蔓は金獅子草の根が変化したものなのだろう。とても頑丈で固く、気合いを入れ、力を込めないと断ち切れない。しかも何本あるのか、切っても切っても新しい蔓が土の中から飛び出してくる。

 終わらない攻撃に、四方八方から私達を襲う蔓の動きが徐々に早くなってきた。

 ……素早さが落ち始めた!? 

 これは蔓が早くなったのではなく、私のスピードが遅くなってきているのだ。

 必死に応戦する私の後ろでは、ローラさんが刺さらないレイピアを、ナイフに持ち替えて戦っている。が、やはり蔓の固さに手こずっているようだ。

 ……このままじゃあ……。

 いずれ、二人とも疲れ、捕まってしまう。私は金獅子草本体を見た。

 茎の根本、赤く大きく膨らんでいるところがドクドクと波打っている。そこからフランに教えて貰った瘴気が濃く漂ってくる。

 あそこに『腐土』の塊がある。勇者の知覚が私に告げる。

 ……あれを浄化すれば。

 一端、力を解き、今度はショートソードに浄化の力を込めて、あれに突き刺す。頭の中で思い描き、私は頷いた。

 よし! 

 背中をローラさんに預け、力を解く。途端に蠢く蔓の動きが格段に早くなり、空を切る音、ローラさんの息使いや、断ち切る音が耳に雪崩込んできた。

 もう一度、集中する。私の中の勇者の力を浄化に変え、ショートソードに込める。ショートソードが白く輝き始めたとき、いきなり正面の地面の中から、周囲の蔓の何倍もの太さのある蔓が現れ、襲ってきた。

 ショートソードを握り直し、弾こうとするが、間に合わない! 

「ミリー!!」

 灰色の布を被った頭が私と蔓の間に割り込む。

 ……えっ!? 

「坊ちゃま!!」

 フランの高い声が聞こえる。

 バシッ!! 鋭い打撃音と共にガスの体がお花畑の向こうに飛ばされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る