第3握利 故郷の鮭ほうれん草

立宮たてみやりゅうべえいるかぁ!?」


 ある日の、昼時。

 『にぎめし』に一人の学生がやって来た。その男子生徒は、でっぷりとしていて、紫Tシャツに短ランを着ている。そして、今時には珍しく黒髪リーゼントだ。


「ああ?」


 一人で来る時は座る、いつものカウンター奥の席で、おにぎりにかぶりつこうとしていた龍平は、手を止められ不機嫌そうに一睨みした。


「ひっ! ……い、いや、ここで引いたら漢じゃねぇ! お前だな!? 突張とつはり高校こうこうの番長は!」


「オレは十九だし、中卒だ」


 龍平はおにぎりにかぶついた。今日の具はピリ辛エビマヨだ。


「……ちっ、今日も美味ぇな。七味がいい、くそっ」


「だから、くそっ、は余計だ! で? あんたは?」


「おおおっ、俺は! 突張高校の隣! ぜん高校こうこうの番長! 形無かたなしだ!」


「そうかそうか。で? 形無は立宮に何の用だ?」


「きょ、今日はこれを持ってきた!」


 形無は学生鞄からA4コピー用紙を取り出し、二人に見せつけた。


「んーと? 果たし状。決闘を申し込む! 『握利飯』にて待つ! 一人で来い! 逃げるなよ! 形無かたなしとび


「いや、待ってねーだろ。オレ先にいたし」


 椿佐が果し状を読み上げると、龍平は今日の添え物、きんぴられんこんを食べながら呟いた。


「そうだ! 俺が先に来ているはずだった! 何故もういる!」


「昼飯の時間だから」


 龍平は味噌汁を一口飲んだ。今日はほくほくじゃがいもと玉ねぎだ。


「しかもっ、十九で中卒だと!? 突張高校関係ないじゃないか!」


「だから、そう言っているだろ。クソジジイ味噌汁おかわり」


「あいよっ」


 龍平は椿佐に木のお椀を手渡した。


「じゃあ、何のために俺は、徹夜で果たし状を書いたんだ……」


「徹夜で書いたのかよ、番長が形無しだな」


「ははっ、立宮ぁ、上手いが人の頑張りをバカにしないっ。ほら、味噌汁」


 椿佐は味噌汁を龍平に手渡した。


「形無も座んな」


「はい……」


 飛男は、龍平の隣に座った。


「もっと離れろよな……」


「まずは、お茶とおしぼりな」


 椿佐は飛男に煎茶とおしぼりを手渡した。


「ありがとう……、ございます……」


「で、だ。やらかしちまって、恥ずかしくて泣いちまった飛男には」


 椿佐はおひつからしゃもじでご飯を抄うと、いつものように優しい手つきでご飯を握っていく。


「うっ……」


 飛男は図星をさされ落ち込んだ。


「鮭ほうれん草だよっ」


 龍平より少し大きめのおにぎり二つを竹ざるに載せ、飛男に手渡した。おにぎりのてっぺんには、おかかや胡麻と一緒に炒められた、鮭とほうれん草が載っている。


「いただき、ます……。あむ、……うおあぁ! 母ちゃーん!」


 おにぎりにかぶりついた飛男は、号泣した。


「なっ、何だこいつっ」


 それを見た龍平はぎょっと驚いた。


「じっ、実家に帰るとっ、よぐっ、母ちゃんが作ってぐれたんだっ。このおがかと炒めだ鮭ほうれん草っ。甘じょっぱくでっ、胡麻が効いていでっ。その味にっ、そっぐりなんだっ。うぐっ」


「そうかい。そりゃあよかった。ほら味噌汁」


 椿佐は味噌汁を飛男に手渡した。


「ありがとう、ございますっ……」


 飛男は味噌汁を一口飲み。


「……うおぉえあぁぁん!」


 さっきよりさらに号泣した。


「うるせーぞ! 今度は何だ!」


「これっ、ごれもっ、母ちゃんの味にそっぐりだぁ! じゃがいもほくほくしていてっ、玉ねぎたっぷりでぇ! ごれも俺の好物でぇ!」


「なら良かったじゃねぇか。漢ならピーピー泣くな!」


「ずいませーん! 龍平の兄貴ぃ!」


「勝手に兄貴にすんな! そしてオレはヤンキーじゃねぇ!」


「はははっ」


 飛男に変に懐かれてしまった龍平を見て、椿佐は笑った。


「そじて、お姉さんのっ、名前は」


「あたしかい? あたしは一門いちもん椿つばだ」


「一門さんはっ、俺のっ、第二の母ちゃんになっでくださいっ」


「あー、そいつはチョイとお断りだね」


「ガーン!」


「ぷっ、速攻で振られてやんの」


「あ、いや。飛男の母親になるのが嫌なわけじゃないんだ」


 激しく落ち込んだ飛男を見て、椿佐は慌てたように声をかけた。


「ただ、あたしの年齢じゃあんたを子供にするには、無理があると思ってね」


「……クソジジイ、いくつなんだ」


「二十六だよ」


「二十六!? ……思っていたより、年を食ってんだな。オレとそんなに変わらないと思っていたぜ」


「…………」


 数秒の沈黙。


「ほっ、褒めたって値段は安くなんねーからな!」


 椿佐は頬を赤く染め、大声を出した。


「何で赤くなってんだクソジジイ」


「うるさいよ! 早く食べろ! 仕事戻れ!」


「一門の姉貴、二十六なんですか……。十八かと思ってました」


「飛男もうるさい! 早く食べろ! 学校戻れ!」


「だから、何で急に大声を出してんだクソジジイ」


「二人共これ以上喋ったら、出禁にするよ!」


−−−−−−


 あとがき。


 次回、皆さんにとって苦ではなくてよかったけど、書いている私にとっては苦だったりする(笑)鼻垂れ親父がまた登場します。

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