第2握利 涙の豚肉卵
日曜日の昼時。
「らっしゃいませー! って、お? 今日は
『
「……一人で来ちゃ
「そんなこと言ってねーだろ。カウンター席でいいよな?」
「……うっス」
龍平は一番奥のカウンター席に座った。
「はい、お茶とおしぼり。今日は何にする?」
椿佐はいつものように、煎茶とおしぼりを手渡しながら龍平に尋ねた。
「……味噌汁と唐揚げマヨ」
「マヨ好きだねー」
「……いいだろ、別に。マヨも最強なんだよ」
「確かに。マヨご飯美味いよなっ」
「……太るぞ」
「はははっ!」
龍平がおしぼりで手を拭きながら、そんな事を話していると。
「椿佐さーん! ちょっと聞いてー!」
ガラガラッと勢いよく戸を開け、ブレザーの制服を来た女子高生が入ってきた。
「うぎゃ! ヤンキーだ!」
女子高生は龍平を見て後ずさった。
「ヤンキーじゃねーわ!」
「えー、じゃあ、元ヤンなんじゃないのー? 絶対にヤンキーでしょー。ヤンキーでした! って顔をしているもーん」
「うるせーわ! 勝手に周りがオレをヤンキー呼ばわりすっからっ、段々そういう顔になっちまったんだ! つーか、元ヤンならこのジジイだろ!」
龍平は椿佐を指差した。
「椿佐さんはー、かっこいいから元ヤンでもいーのー」
「差別だろ!」
「はははっ、まぁ座りなよ、
名前を呼ばれた女子高生、外ハネボブの
「……そんなに離れなくてもいーだろーがよ」
それを見て龍平は寂しそうに呟いた。
「で? 今日はどうしたんだい?」
椿佐はおしぼりと煎茶を手渡しながら尋ねた。
「……カレピがね、後輩と浮気したの」
「カレピ……」
「立宮は小さくツッコんで笑わない! それで? 浮気ってのは、確かなのかい?」
「うん! 手を繋いで歩いていた現場も見たしっ、証拠も押さえたの!」
「手を繋いでいただけじゃ、浮気じゃないんじゃないかい?」
「じゃあこれ見てよ! カレピの携帯!」
千紗はスカートのポケットから黒いスマートフォンを取り出し、椿佐に見せた。
「彼氏の携帯を持って来たのかよ……」
「何々」
椿佐はカウンターの奥からスマホを覗き込んだ。
「今日のデート楽しかったよ。次はエッチしよーね、ハート」
「ぶーっ!」
椿佐がメールの内容を読み上げると、龍平は盛大に煎茶を吹き出した。
「立宮ぁ! きったねーぞ! それにしても、こいつぁ、黒だな」
「うっ、うっ、うわあぁん!」
千紗はテーブルに突っ伏し、泣き出した。
「部活で疲れていても、会いたいと言われたら会いに行って! 欲しいものは貯めていたバイト代を全部使ってでも買ったのに! 浮気するなんてー!」
「尽してたんだな……」
龍平は吹き出してしまった煎茶を、おしぼりで拭きながら呟いた。
「それは辛かったね。こういう時はー、ちょっと待ってなー」
椿佐は、さわらのお
「よっし! さぁっ、こういう時は握り飯でも食って元気出しな。涙を消してほしい千沙ちゃんには、豚肉卵だよ!」
椿佐は、竹ざるに載せた小さめなおにぎり二つを差し出した。ご飯のてっぺんに豚肉と卵の炒め物が少し載っている。
おにぎりの脇には、小さな唐揚げ二つと野沢菜漬けが添えてある。
「立宮は唐揚げマヨな」
椿佐は、竹ざるに載せたおにぎり二つを龍平に手渡した。こちらは大きめで、ご飯のてっぺんには、マヨネーズをたっぷり絡めた唐揚げが載っている。
「唐揚げに唐揚げかよ……」
龍平は受け取りながら添えてあった唐揚げを見て、呟いた。
「はははっ、丁度重なっちまったなー。マヨいるかい?」
「いらねー! ……っス」
「ははっ。二人共、召し上がれっ」
「いただきます! はむっ!」
千紗は大きく口を開け、おにぎりにかぶりついた。
「……甘辛い豚肉がこってりなのに、卵が甘くて丁度いいバランス……」
「だろ!?」
椿佐は嬉しそうに笑った。
「椿佐さん……」
「ん?」
「好き!」
「はははっ! あたしも好きだよ」
「椿佐さんがカレピだったらよかったのにー!」
「こんなジジイのどこがいいんだか……」
千紗は食べる手を止め、龍平を見た。
「なっ、何だよ」
「そういえば、さっきから気になっていたんだけど。ジジイ!? 椿佐さんがジジイ!?」
「そうだろーが」
「……椿佐さん、ジジイだって。一発ぶん殴っていいと思うよ!」
「はははっ! まぁ仕方ないさ、あたしはこの見た目だ」
「……前から思ってたけどよ、男のくせに何であたしって言うんだ? カマなのか?」
「……」
数秒の沈黙。
「はっはっはっはっは!」
椿佐は大笑いした。
「何が可笑しいんだよ!」
「いやー、そうくるかと思ってなっ。ははっ、面白いからオカマでいいよっ」
「カマなのかよ……」
「椿佐さん! 訂正した方がいいよ!」
「いいっていいって、面白いから」
椿佐はケラケラと笑った。
「優しいんだから椿佐さんはー、って、しまったー! 私、お金ないや……。バイトの給料日前ですっからかん……」
「いいっていいって。ツケとくから」
「ツケとくのかよ……。きっちりしてんなー」
「商売やってる人間だからなー、タダってわけにはいかねぇ。あ、そうだ! 今度、そのカレピとやらと一緒に来なよっ。で、そいつに払わせろ」
「
「それで、あたしが真相を確かめてやるよっ。で、浮気が事実なら、反省するまで握り飯を口に突っ込むからっ」
「食べ物は大事にしろよな……」
「茶々がうるせーぞ立宮ぁ!」
「うん……、そうするよ。ありがとう、椿佐さん」
千紗はおしぼりで流れた涙を拭いた。
「大丈夫! いつも仲良く楽しそうにウチの握り飯を食いに来てくれじゃないかっ。二人なら絶対に何があってもやり直せるって!」
「椿佐さん……」
「ん?」
「好きぃー」
千紗は泣きながら告白した。
「はははっ、あたしもだ!」
椿佐は照れる様子もなく、嬉しそうに笑った。
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