第53話 品行

クリスヴァルトの立場なら「登城しろ」と言えば良いので、マクレガー伯爵の叔母に関する件はシロだろう。そもそもあれは事件か事故かも判然としていない。


「2人は代理か」

「はい」


クリスヴァルトは今日は一際豪奢な衣装を纏っている。瞳の色に合わせたカフスボタンとアビ・ア・ラ・フランセーズを身に着け、艶のある栗毛に合わせた金糸をウェストコートにあしらっている。ご婦人方でも遠目からうっとりと見つめている者もいる。

そしてゆっくり頭を巡らせてピタリとミカエラを見据えた。


「以前画廊であったね」

「はい お二人の婚約者として同伴することになりましたミカエラと申します。王太子殿下にご挨拶申し上げます」


義母に教えてもらったカーテシーをする。

魔法はロクに使えないようだが、その知識で隣国を流行り病から救った少女。


「楽に」


少女は挨拶を解いたがその目には緊張が浮かんでいる。


「隣国のマガタ国を救ったそうだね」

「大したことはしていません。掃除や洗濯に力を入れただけです」

「それだけ?」

「はい殿下。流行り病は汚れた水が原因でしたので、衛生面に気を配ることを助言しただけで状況が改善したのです」


フレデリックが補足をする。

何かもっと特別な知識を用いたと思っていたのだろう、クリスヴァルトは呆気にとられ、その後考え込む。


(掃除や洗濯だけで本当に? しかしフレデリックは魔法が使えないし、この少女も大魔法を使えるほどの魔力は無い…。多くの領民が改善出来たということは魔法を使わず簡単に出来ることを広めただけという可能性は高い…)


クリスヴァルトは考えがまとまると顔を上げ、ミカエラに数歩近付いた。


「その話を「王太子様!」


ようやく話しかけてくる面々をかわしたアンが、突如4人の輪の中に割って入った。

様子を見ていた婦人方はその無謀さに息をのみ慄き、クリスヴァルトは興が冷めたというような目つきで彼女を睥睨する。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます。エルジュナと申します」


場には沈黙が下りる。

渡り人の地位は希少性故高いが、会話を遮って割り込んでくるのは一般常識として不調法だ。しかもクリスヴァルトの発言を切ったのだ。

アンはその沈黙を自分に見惚れているのだと勘違いしていた。


(王太子様も整った顔に高貴な瞳の色をしているけれど、近くにいる金髪と銀髪の2人が眩しいほどの美形だわ…。一緒にいる女は兄妹…ではないわよね。顔が全く似てないもの…。まさか恋人…? それも無いわよね、釣り合ってないもの…。近づくにしてもまずは王子様から…その後この2人に話しかけたいわ)


相手を魅了するであろう微笑みを浮かべ、優雅にドレープを揺らしながらクリスヴァルトの方へと歩み寄る。


「―クリスヴァルト!」


父王であるニコラスの声がクリスヴァルトを呼んだ。

おそらく紹介したい令嬢か有能な人物がいるのだろう。


「後ほど話を聞きたい」


フレデリックに告げるとアンを素通りして、クリスヴァルトは玉座の方へと歩を進めていく。

アンは好機を失い話が出来なかったことを悔しがったが、周囲はこれ以上聖女が殿下に無礼を働かずに済んだことに安堵した。

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全能ソーサラーの義妹ができました? 招杜羅147 @lschess

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