第8話 男衆会議

「淑女を膝に乗せるのはどうかと思うよ。それとも距離を近づけるための作戦?」


魔法の訓練を終え、着替えようと2階へ足を運び、通路の向こうにフレデリックが立っているなと思った矢先に言われて思い出したのだ。


「…小さかったので12歳の少女と勘違いしました……16歳か…」


自分の失態に思わずうずくまる。

最初に感じた”12歳くらい?”が刷り込まれてしまっていてうっかり子ども扱いしてしまった。なんてことを。


「…後で彼女に謝っておきます。それより兄上、夕食後に時間取れますか?」

「夕食後?…まぁ大丈夫だけれど」

「父上と兄上に相談したいことがあります。父上にはこれから都合を聞きに行きますので、仮の予定としておいてください」

「分かった」


失態から逃れるように部屋に滑り込み、がっくりとうなだれる。

ミカエラ自身も最初嫌がりはしたものの恥ずかしがる様子がなかったから、淑女な年頃と言うのがまるで抜けてしまっていた。


「ハァ…まぁ、ミカエラも兄妹のコミュニケーションくらいに思っているんだろうな」


本当に先が長い。



城から戻ってきた父との都合も付け、男3人は1階の遊戯室に入った。

女性たちは男性陣がビリヤードの腕を競っているとでも思うだろう。


「ミカエラの魔法についての報告か?」

「はい」

「基本的な所から話しますと、ミカエラは魔法の遠隔が出来ないようです。魔力が手から離れると大気に溶けてしまうのです。」

「魔力が低いということ?」

「いえ、低くはありません。手の平から水を出したりは出来るのですが、その水を目の前の木に投げつけたりすることが難しいようです。」

「近接のみだと魔法の特性の8割は損している感じだな」

「ミカエラは水属性なの?」


マクレガー伯爵の失望やフレデリックの質問はごく普通だ。しかしミカエラは普通ではない。


「分からないそうです」

「水が出せるのに分からない?」

「ミカエラは母親が住んでいた国の伝統工芸を結び付けた魔法を編み出しました。”折形”というそうです。

 折形はまず手の平に魔力を薄く伸ばし、四辺の布…紙のようなものを作り出します。それを目的に応じて様々な形に折るそうです。魔力の紙を何度も折り曲げていくことで魔力を練るように強くなっていき、ミカエラの手を離れても形を維持することが出来るのだとか…。」

「待て、新たな魔法系統を生み出したというのか?」

「渡り人様が近くにいたからこそ出来た苦肉の策なのだと思います。」


マクレガー伯爵は次第に事の重要さを感じていた。


「属性に属さない…目的に応じて”何でもできる”魔法なのか?」

「確証はありませんが、そういうことだと思います。渡り人様の母に言われて秘匿しているようです」

「英断だ。こんなことが知れ渡ったらとんでもないことになる…。フレデリックもローヴァンも今の話は誰にも話してはならないぞ」

「勿論です」

「ちなみにその折った魔力はどうやって使うの?」


のんびりとフレデリックが問う。まぁ次期当主になる男が口が軽いわけはないので、了承した上での質問だろう。


「僕が見た時は…”シュリケン”という、なんでも母親の国の昔の武器を模したという折形を投げてましたね。次の瞬間目の前のジャイアントボアの首がパックリ裂けて絶命していました」

「…剣や槌で相手にするより遥かに容易に倒せるわけだ」


感心したようにフレデリックが言う


「ちょっと実演してもらいたいね」

「領地に戻ってからだな。王都で変な波風は立てたくない」


話を切り上げるよう、マクレガー伯爵はソファから立ち上がる。

ローヴァンの報告もここまでと悟ったフレデリックも腰を上げる。


「帰郷を一日早める。しっかり準備するように」

「「分かりました」」


マクレガー伯爵に取って少々頭の痛い話なのだろう。今後の対策を練るべくさっさと自室に引き上げてしまった。


「俄然面白くなってきたね」


にこやかにローヴァンに話しかけるフレデリック。

ただ楽しがって笑っているのではなく、その表情はくらい。


「面白い、とは」

「”折形さえ出来れば何でもできる”なんて魔法、魔導研究所でも王族でも欲しがると思うよ。それを父は秘匿することにした…。実験材料にされるであろう渡り人様の遺児を守るつもりもあるんだろうけど、伯爵領であの子の力を独占するつもりだよ」

「独占など…臣下の立場では難しいと思いますが…」

「領地に留め置いて上手いこと隠すつもりなんじゃないかなぁ? あの子も表立って行動することを望んでいないようだし…利害が一致してしまうと思うんだよね」


フレデリックは伯爵領を継ぐ人間だ。ミカエラがもたらす利益を勘定しているのかもしれない。


「どうでしょう…騎士団に入るつもりがあるようでしたが」

「その場合はローヴァンが目付け役として色々隠蔽しないとだね」


確かに一目を気にしなければならない所に身を置くのは、伯爵領に留めておくよりも苦労するだろう。

想像してげんなりとするローヴァンを見て、フレデリックはクスクス笑う。今度は楽しそうに。


「ミカエラに強要はしたくないけれど、彼女と領地の為に私は彼女を妻とすべく行動することにするよ。魔法は強大だけど…性格は控えめで可愛らしいしね」


決して利益の為だけではない、と付け足す。だが真意のほどは分からない。


「僕は彼女の意志を尊重します。ミカエラは貴族ではないのだし我々よりもっと自由であるべきだ。政略に使うべきではない」

「では父の特命を放棄せずに私を阻止しなさい」

「あ…」


勝負しようともせず、兄に押し付けようとしていたことがバレていたようだ。

あれか? 膝に乗せて子供扱いしていたことで分かってしまったのか?


フレデリックはローヴァンを焚きつけるために価値や損益の話を持ち出したのだ。

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