エピローグ

夢から覚めて、その続きへ


「よお、起きたか」


 そんな白衣の女性の声が初めに聞こえた。


「ついに本当に遺体を動かしてしまった。

 そろそろフランケンシュタインを襲名せねばならんな」


 ベッドの上でぎこちなく動く身体を捩り、なんとか起き上がろうとするが、思うようには動かない。


「そう焦って動くな、まだ自由には動かせん」


 なんとか動く首だけを頼りに目で白衣の女性を追う。


「さて、色々話を聞きたいだろうが、まず先に自分から質問をさせてほしい」


 白衣の女性は椅子に座って、どこか冷めた表情で何かバインダーに記録を付けながら話を聞いてくる。


「お前はどっちだ?」


 話せるかどうか試していなかったが、その問いに反射的に答えようとして、ベッドの人物は思わず口を噤む。


「話せないなら回復してからで構わない。意識が回復したのなら、そう急を要することでもないからな」

「……いや」


 ベッドの人物はなんとか、口を開く。随分と体力を消耗しているようだ。


「『どっち』と問われると判断が出来ない」


 身体が『痛い』。けど、ぼやけた視界が晴れてくると、とても鮮明に光が目に入ってくる感覚もある。


「逆に聞きたい、どっちなんだ?」

「そんな問答がきっかけで、お前らは殺す殺さないなどという益体もないことを始めたんだろうが。まあ、見た感じ自分と初対面な風だから、自分の主観でお前を定義づけしていいのなら」


 白衣の女性がベッドの人物を見る目は……敵を見る目だ。


「深海愛里寿、だろうな」

「だよね」


 白衣の女性、白雪篝理は彼女をアリスと呼んだ。


「正直なところ、自分はゆめめちゃんになってからの香澄夢芽しか知らない。お前には何の愛着もない。できることなら、お前をバラして、あの子のパーツにしてやりたかったよ」


 とは言いつつも疲れた無表情のアリスは、彼女とまるで瓜二つに重なるのが、なんとも憎み切れないやりきれなさを抱えている。


「そうすればよかったのに」

「……出来てたらやってる」


 香澄夢芽を騙るユメの殺害。その目的を達成し、どういうわけか、意識を取り戻したアリスだが、その表情に晴れやかさはなく。死人のように何処にも感情を見つけられない。


「ゆめめちゃんからの最後のお願いだったんだ。アリスを捕まえた後、身体を帰してあげてほしいって」

「そう」

「感想はそれだけか?」


 あまりにも無関心なアリスに、篝理も平静を装うのもそろそろ限界だろう。


「頭が回ってない。僕は二度も死ぬ淵から意識を取り戻した、その状況で自分が本当に自分なのかすら、信じ切れていない」


 ユメが身体を引き渡したのは事実だろう。現に自分で撃ち抜いた身体のダメージまで引き継いでしまっている。

 こんなことなら、もう少し手加減すればよかった。


「戸籍も持たない、DNA情報もない、お前の同一性など客観的に証明する手段なぞ知らん。だから自分がお前を『深海愛理寿』と定義した。そういうわけだ、お前にその自覚があろうがなかろうが、お前はアリスとしてその責を負え」

「ずいぶん、無茶苦茶なことを言うね、キミは」


 きっと、ユメが、香澄夢芽だからではなく、彼女自身として、この人は認めてくれたのだろう。そう考えると、彼女が向ける憎しみも理解できる。とアリスは思っていただろう。


「そう思うなら、自分自身で自覚するんだな自身の存在ってやつを、ゆめめちゃんは、とっくに自分の存在を自分で定義していたぞ」

「引き合いに出さないでよ……」


 耳が痛いとは、こういうことだろう。

 結局、自分の存在をユメに奪われたと、そう思い込んで、ユメを認められなくてアリスは……。


「あの子は、自分が香澄夢芽の残した記憶と理想の残滓だと。そんなことを言っていた」

「じゃあ、僕はなんなんだろうね?」

「知るか、お前は暫定アリスだ」


 きっとアリスは、香澄夢の残した記憶と感情。環境が運が敵となって、理想を見失った。ただ、ただ、二人の元に戻りたいという切望と、ユメやこの状況を創ったものに対する絶望が渦巻いた存在。

 厳密には、アリスももう香澄夢芽ではないのかもしれない。


「そうだね……わかった。僕はアリスでいいよ」


 本人の実在性、同一性それは身体のパーツごとに決まっているのだろうか?

 あるいは記憶の保持が重要なのだろうか?

 あるいは本人の自覚、客観性……そんなものがここで結論が付くようなら。「テセウスの船」は長年、議論が続くような逆説となっていない。


「妥協か?」

「もし、もう一人アリスが出てきても、責任をとってやるんだ文句は言われないでしょ」

「それについては安心しろ。お前の遺体もゆめめちゃんの遺体も肉片一つ、ネジの一本まで回収してやった」

「そう、ありがとう」


 なら、この不安は、夢芽の身体が自分についているからか。

 なんだかんだ、あの機械の体を含めてアリスだったのか。

 改めて、多少傷や臓器を機械で補填しているとしても体が生身になっていることを実感する。が、逆に自然すぎて気が付かなかったことがある。


「あぁ、左腕だが」


 アリスは左腕を見る。それは元の機械の体のものより、形が整って綺麗になってはいるが機械のままだった。


「それだけは譲れんかった。自分のことを底意地の悪い奴だと思っているかもしれんが」

「思ってないよ。あの腕はあの子のもんだよ」


 多分、それだけは彼女にも譲れないのだろう。

 もう、あの針金の指輪は付けられないけど。それは香澄夢芽に渡されたものだ、今度は……。


「……分かっているならいい。んじゃ今後についてだアリス。お前の処遇についてだ、一応、自分はお前の身体の修繕担当兼、取調官の白雪篝理。当代のフランケンシュタイン博士だ」

「よろしく、フランケンシュタイン」


◇♦◇♦◇♦◇♦◇♦◇♦


「皆の知っての通り、坂本猛銃撃殺人事件は事件に関与した容疑者二名を無事、晴川班の活躍によって逮捕され、一先ずは今回の件で我々に出来ることはもうない。だが、特捜が解散されたからといって、日々の職務をおこたることのないように、各員、気を引き締めて本日の業務に当たるように」


 本部の屋上で行われる朝礼。そこで、矢車室長は先日の事件の解決を部下たちに告げる。


「続いて、本日より我々特異事例対策室に新入りが入る。お前達、前に出ろ」


 そう矢車が告げると隊列の後方から、大小の人影が壇上の前に出てくる。


「先ほどご紹介に預かりました。公安部より転属してまいりました深海愛里寿巡査長です」

「同じく、深海太陽……巡査長だ」

「両名は今後、晴川班に配属される。以上」


◇♦◇♦◇♦◇♦◇♦◇♦


「さて、これは取引だ」


 技術班のベッドの上で、アリスは篝理の話を聞く。


「今、深海にも取調べを行っているが、今回の事件について概ねお前から聞くことはない。殺人を自白し、凶器まで押収しているからな。証拠は十分だ」

「じゃあ、なに? 取引って」

「お前が殺しを請け負っていた組織についてだ、それを吐けば悪いようにはしない。と室長からのお達しだ」

「悪いようにはしないって、具体的には?」

「公安が名乗り出てきた。今の条件を呑めば、今回の一件、公安が主導した過剰な捜査で起きた不幸な事故だった、と処理すると」

「なんで公安が出てくるのさ」

「もともと何かと、きな臭いやつだったんだよお前が始末した国会議員は、指環持ちの基本的人権がどうの宣っていやがったが、裏では非合法な組織とつるんで自分の敵を排していたなんてのが噂程度に聞こえるやつだった。だから公安は公安らしく、暗躍しながら慎重に裏取りを進めていたところ、お前がバンってしちまった」

「それはご迷惑をおかけしました」

「だからこそ、なぜお前が殺したのか、というより、なぜお前に坂本猛殺害の依頼が来たのかを知りたがっている。それを辿って手出ししにくい連中への捜査の手を広げたいらしい」

「なるほどね……そっちの事情は分かった。で、話せば、僕は無罪放免って? 都合が良すぎない?」

「無論、お前のような殺し屋を野放しにしない。我々の監視の元生活をしてもらう。それに、現場の警察官からお前の処遇に対しての嘆願書も届いてる」

「嘆願書?」

「お前は自身の命を担保に殺人を強要されていた。まあ、さっきの話に協力するしないに関わらずある程度情状酌量の余地はある。まあ、無罪放免ってわけにはいかないがな」

「囚人のジレンマみたいだね」

「自白して仲間を売れば懲役0年、黙秘で通常の刑期って奴か?」

「厳密には少し違うけど大体そう。まあ僕は売るよ。別に彼らに忠誠を誓ってるわけじゃないしね」


 元より、拾ってくれた恩義よりも、いいように使われていた事実や殺しを躊躇いなく強制してくる姿勢に対する不信感の方が優っている。

 連中から手を切れる絶好の機会だ。


「それに、全部元通りってわけにはいかないけど、二人の近くにいられるなら、迷わず僕はそっちを選ぶ」

「そうか、なら実りのある話を頼むよ」


◇♦◇♦◇♦◇♦◇♦◇♦


 技術班のベッドから起き上がれるようになったころ、アリスは近くに置かれていた人一人分くらいのカプセルのような物を眺めていた。


「ユメ……」


 残った機械の頭部、そして、かつて自分が使っていた身体を繋いで、人の形を成しているが、彼女は深い眠りについているように、死んでいるように瞼を閉じて動かない。


「香澄夢芽は死んだよ……僕の中からも、キミの中の夢芽も僕が殺した」


 当然、カプセルの中身から返事はない。


「キミの記録は篝理から受け取った。けど、僕はキミにならないし、なれない。正直、キミの記憶を見てると今でも恨めしい気持ちになる。だからさ、キミが目覚めるまでの間、二人のことを見てるから。起きたら話して聞かせて上げる。僕のことは許さなくていいよ……今度はキミに殺されてあげる」

 これはただの独り言。

 アリスは、話を終えたのか、ベッドのわきに掛かっていたモッズコートをパーカーの上から羽織り、技術班の扉に手を掛ける。


「流石に生身だと暑いな……」


 そう呟き、後ろのカプセルに目を向ける。


「それじゃあ、おやすみ」

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RING 組織犯罪対策第三課特異事例対策室  文月イツキ @0513toma

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