2、双極の連弾

 時刻は午後、警察からの説明により午前中に全ての店舗を閉店してもらい、人払いを済ませたサンシャインへと詩音班は向かっている。


「おい、あれ」


 公用車を運転する葵が目的地を目前に人影を見つけ、詩音に声を掛ける。

 目的地であるサンシャインシティ入口敷地内で、待ち構えるようにしているその人影、詩音は人相まで確認して、こう告げる。


「邪魔ね。突っ込んで」

「了解」


 顔色一つ変えずに葵はアクセルを踏む。

 いるはずのない人影、それはすなわち敵だ。

 入り口横の駐車場を見送り、入口の進入禁止の柵を乗り越え、階段の踊り場に待ち受ける人影に突っ込む。

 人影はその先の階段に瓦礫を巻き上げながらぶち当たり、フロントが大きくひしゃげる前に二人は車から脱出する。

 今しがた跳ね飛ばした人影には見向きもせず。自分たちの後続車両を見る。


「目標、ワールドインポートマートビル屋上水族館。方位、発射角度、問題なし! プラネット射出準備完了!」

「車で無理やり傾斜作っただけだけどな!」


 続くのはユメを乗せたプラネット。


『了解、プラネット、NOSニトロ起動!』


 文字通り、プラネットのマフラーから青い炎が噴き出す。


「ユメ、アンタは勝つ」

『私は勝つ……』


 ユメとプラネットは、詩音の檄を受け、目の前を一陣の風となって駆け抜け、決着の舞台に赴くべく空へと飛び立つ。

 篝理に仕上げてもらった、プラネットは多くの部品を入れ替え、アップデートをし出力が底上げしている。今から乗り越える壁に比べれば、たかだか240m位の壁、乗り越えられない高さではない。


「さて」


 ユメとの通信を一度切り、詩音は吹き飛ばされた人影の方を見る。


「こっちはこっちで」

「頑張んねぇとな」


 砂埃の中で、よろよろと立ち上る人影。


「こちら晴川、これより、深海太陽の逮捕に移ります」

『こちら作戦本部』


 通信のチャンネルは本部の矢車へと繋がれた。


『このためにお前たちの戦闘、武装許可を受け入れた。前回のような失態は許さん』

「もう想定外はないんで、安心しといてください」

「ボコボコにして護送車に叩き込んでやります」


 小生意気にも自信ありげに返事をする部下に、彼女は口を手元で隠しながら一人でほくそ笑む。


『その意気だ。これより作戦に取り掛かれ!』

「「Yes! ボス!」」


 そんなやり取りをしていると、砂埃舞う瓦礫の中から現れるのは、明るい髪と日焼け肌の大男、深海太陽だった。


「お前ら、それでも警察官かよ!」


 深海は多少の擦り傷はあれど五体満足、やはり、耐久自慢は伊達ではない。


「言わなきゃわからんか?」

「はっ、やられた分の仕返しってか」

「ばーか、違うわよ。私的な制裁じゃなくて、公務よ」


 葵が一枚の紙を取り出し、見せつけるように掲げる。


「警察庁だ。深海太陽。公務執行妨害、並びに指環・銃刀法違反、殺人教唆の罪で逮捕令状が発行されている。武器を捨てて投降しろ」

「警察見たいだな」

「警察だからな」


 深海は両手を上げる。


「こっちが指示も出してないのに殊勝なこった」

「どうせ、正式な通常逮捕なら後から警官がいっぱいくるだろ。こんなとこで暴れたって、それこそ無駄な抵抗だろ?」


 距離は十分に空いている。


「まあ、武器捨ててねぇ奴が言っても説得力がねぇな」


 葵は自分の警棒二本を腰から抜き、その先端を深海に向ける。



「コール……『ブラスター・ウルフ』」



 そして、呟くように、警棒に声を認識させる。


『声紋認証クリア……行動補助ユニット『クラスター』』


 その瞬間、警棒は霧散し、深海も行動を起こす。


「警察官が無抵抗な容疑者に手を上げんなよ!」


 何が来るか分からないからか、葵が警棒を向けてた先から外れるように横に移動する。


「は? 俺の指示は『武器を捨てろ』だ、それに従わなかった時点で敵対行動なんだよ」


 よく見ると、葵が持っていた警棒の辺りを、パチンコ玉サイズの鉄球が浮いている。パチスロを嗜む深海はその数を大体ドル箱半分くらいかと勘定する。


「捕まえろ――クラスター」


 その号令に呼応し、鉄球は百個ずつほどがまとまって、深海に突撃する。元から警棒を向けていた方向とは一切関係なく、葵が目で追うのに連動して動いているようだ。


散弾ショットガンかよ!」


 深海は直撃を避けつつも、肩や脚を僅かに掠め、服や皮膚が裂ける。


「そんなもん警察官が持てるわけねぇだろ」


 後続の鉄球たちと共に葵も深海に接近する。

 深海が以前に使った『テンタクル』と呼ばれた触手のように自身の手数を増やすため、あるいは、離れた敵にも攻撃を加えるための装備。だと深海は分析する。


「こんなもん、コール! 『アタラクト・アングラ―』!」


 自分の触腕なら蹴散らせる。そう考えた深海はテンタクルに声を送る。……だが。


「急に叫んで、そんな痛かったかぁ!」

「何ッ⁉」


 テンタクルが、起動しない。


 深海が驚愕する間もなく、葵の両サイドから逃げ場を奪うように襲い来る鉄球群。

 直撃がまずいのは鉄球の方、と判断した深海はリスクを承知で葵に接近し、二郡の鉄球の間を躱す。


「よぉ」


 そこを狙いすました葵の脚が上がる。

 迎え撃つ膝、下腹部に直撃しそうになるところを、なんとか腕で防御に成功する。


「やっぱり硬ぇなお前は」

「そんなことより……俺のテンタクルに何しやがった?」

「俺は何もしてねぇよ。てめぇがボコった相手の顔くらい覚えとけや」


 そういう葵の背後から、音もなく彼女は現れる。


「これは公務だから、合法!!」


 その声が聞こえるまでの接近に、深海は気が付かなかった。いや、気付くための情報に制限を掛けられていた。


 ガンっと、金属バットのフルスイングが深海の側頭部にぶち当たる。


「ぐっ!」


 軽いが硬い、そんな衝撃だが、眩暈が起こる。


「これは、アンタがアタシにかました分だ」

「その前に、お前一回殴ってただろ……!」

「覚えてない」


 すぐ様、鉄球が深海の視界を覆い、詩音の姿を隠す。

 『風切り音もなく目前まで気付かない』『テンタクルが起動しない』この異常の原因を深海は鉄球を躱す頭で思い当っていた。


「お前が原因か!」


 深海のその視線は躱した先にいるはずの詩音に向けられている。はずだった。


「だから違ぇって」

 

 躱した先には葵、またしてもいつの間にか、だ。

 葵お得意の超至近距離。

 触手なしでは致命的。反撃を考えず防御に専念、横っ腹に叩き込まれる重たい一撃をなんとか受けきる。


「この間とは立場が逆だな」


 一方的にユニットを展開し、丸腰同然の相手をぼこぼこにする。

 どこかで見た光景だ。


「どうだ? ネタは割れたか?」

「どうせ、晴川詩音だろ!」


 さっきから、葵の後ろでチョコレート色がちらちら動いている。問題は葵の身体と鉄球群が程よいタイミングで目隠しになって、実際に何をしているのかが見えないことだ。


「そういえば、アタシがユニットを起動してるとこは聞かせてなかったわね」


 その声はまるで耳元で聞こえた。


「アタシのコールネームは」


 深海は思わず振り返ってしまう。

 だが、そこには誰もいない。

 振り返ったせいでガラ空きになった後頭部を再び、金属バットの衝撃が襲う。


「『サイレント・ウィッチ』」


 出るべき塁がないからというより、ホームランを放った後といった風に、悠々とした綺麗なスイング後のフォーム。


「どこが魔女ウィッチだ!」

「これが杖の代わり」


 金属バットについた深海の返り血を払いながら詩音は言う。


「『ブルーム』って言うの、あ、それじゃあ箒の代わりか」


 飛べないけど。と付け足して、床にバットの頭をコンとタイルに当てる。すると、深海の聴力が急激にクリアになる。


「これで、とんとんにしてあげる」


 聴力が良くなったわけじゃない、――今の今まで、不自然じゃない程度まで聴力レベルを下げられていたのだ。


「種は教えないけど」


 種は詩音お得意の音だ。


 金属バット型のユニット『ブルーム』は当たった際の音の強弱や長さを操作できる。その気になれば爆音で殴れる。それ以上でも以下でもない。


 特筆すべきは、音を操れる詩音が持っているという点だ。

 より細かな音の強弱を操作して、まるで自由自在に音を相殺する。音を残す。音の発生位置をコントロールする。

 一言で表すなら『音の魔術師』というと、なんだか作曲家や演奏者のようだが、そう言って差支えないだろう。


「クソっ、車で跳ねられたときか!」

「良い洞察力」


 車で跳ねた際に仕込みは終わっていた。

 この時点で、深海のユニットは詩音が解除するまで、外部の音を認識できない。盗難・暴発防止のために声紋認証で起動する以上、詩音は自身のユニット使用時において、他者のユニットを完全に封殺することが出来る。


 とはいえ、相殺し続けるのにも、限界はある。耳への負担、金属バットを振り回す体力など、彼女への負担も時間と共に増えていく。


「……葵、身体は十分温まった?」


 葵の傍で彼に聞こえる程度の声で詩音は伝える。

 息が荒い。

 何分なにぶん、葵も深海も人間離れした体力で良く動く。これに運動能力が並の詩音が食らいつくには時間の制限が掛かってもしかたない。


「ああ、問題ねぇよ。こんだけやって耐えやがるあの野郎が悪ぃ」


 葵は背後の詩音を隠すように、鉄球のカーテンで覆う。


「タイマンと行こうぜ」


 鉄球群は葵と深海を囲む。

 小さな闘技場リング、あるいは獰猛な肉食獣を閉じ込めるゲージか。


「アリスにユメは殺させない。だから、俺はもう逃げない。お前も逃がさない」


 不退転。それを示すように、鉄球達が一糸――一球乱れぬ動きで回転を始める。風切り音が聞こえ、地面に近い鉄球がタイルを削っているのが分かる。

 ここから出さない。と睨む葵の目はそう告げている。


「抜きたきゃ抜けよ。てめぇの武器を、その瞬間、お前は俺の足の下にいる」


 その宣言をどう受け取るかは深海次第。

 葵は腰を落とし、次の攻撃を待ち構える。無手でありながら、居合を構える達人の形相。


「……くっくっく……」


 静かに、押し殺すように深海が笑う。


「だっはっはっはッ! なんだよそれ!」


 次に大きく笑う。葵の表情は揺らがない


「遊んでんじゃねぇぞ」


 深海の表情が、無に塗り替えられる。


「お前が釣り糸垂らして待っていたのは、こんなのだったってか?――笑い話にもなんねぇわ」


 「お前」と言う深海の視線は、鉄球に覆われて見えない建物の屋上へと向けられている。


「アイツがどれだけ、待ちわびていたか。アイツがどれだけ、自分を殺してきたか。アイツがどれだけ、心臓を失ってきたか。アイツがどれだけ……お前らにあえて嬉しそうな顔をしていたのか。そんなことも知らねぇで、ずっと人形でごっこ遊びしてた奴らが……この期に及んで『殺させない』だと」


 深海は小さく、自分のコールを呟く。

 背中から、四本の触手。


「殺す気はなかったんだがなぁ、アイツに恨まれても構わん! アリスの願いよりも、あの人形の方を優先するってんならなぁ!」


 勝負は瞬きの間に。

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