4、メンテナンス・ブランチ  ①


「プラネットは清掃終えたら格納庫ドッグに戻しておくぞ」

「ありがとうございます。篝理かがりさん」


 先日の一件から数日が経ち、そこから芋づる式に『齋藤組』なる暴力団をドンパチして壊滅させたりなど色々あったが割愛して、現在、指環犯罪対策室、もといRINGは新宿の歓楽街を中心に巡回の強化、売人の摘発、ルートの捜査など、日々の業務をこなしていた。

 町の煌びやかさに紛れ、裏社会の巣が蔓延る新宿は、警察も目を光らせざるをえないのだろう。

 そんな中、ユメは今日、指環犯罪対策室庁内の技術班の元へ訪れていた。


「今回のメンテで一部パーツ取り替えておいたから、パーツ代の領収書は経理に回しておいてくれ」


 白雪しらゆき篝理かがり、この技術班の班長を勤めている長身痩躯のすらっとしたリケジョ然とした女性だ、タイトなスーツの上に白衣を羽織り、鋭い目も合わせて、ぱっと見はバリバリ仕事に生きてますといった風体だ。風体は……。


「んじゃ、次はゆめめちゃんの方の定期メンテだな、ほれ、上脱ぎな」

「あ、はい」


 医務室のように篝のデスクが置かれた部屋で言われるがままにユメはパーカーとシャツを脱ぎ、キャミソールの姿になる。

 真っ白な肌、そのところどころに、あの日以来の消えない縫合跡や古傷が大なり小なり差はあれどいくつも見受けられた。中でもひと際目を引くのは、一切肌の色に馴染まない光沢を帯びただ。

 肩より先の失われたはずの右腕。そこには金属で出来た義手が取り付けられていた。

 篝理は専門の工具のようなもので、右腕をいじり、カルテのようなものに数字やらコメントやらを書き込んでいく。


「相変わらず綺麗なもんだな……もしかして、使いづらいか?」

「いえ、元々左利きなので」

「そうは言っても、お前の班は現場が多いはずだが……想定してる稼働の半分も消耗してない。これじゃメンテナンスのし甲斐がないな」

「なんか、ごめんなさい」

「まあ、お前は指環持ちの中でも特例、貴重なサンプル……もとい、人材だから危険な現場でなんかあっても困るんだけど。それじゃ指環見せて」


 貴重なサンプル。そう篝理がユメを指して言うのには理由がある。

 以前は右の薬指にくっついていた指環が、右腕を失った今は、左手に移っているのだ。

 アメリカ等で軍属の指環持ちが訓練中に指環部分を損壊する例は何件かある。中には指が落ちたりして修復不可能なほどのものも。だが、それが身体に及ぼす影響は特記するほどでもなかった。

 所詮は皮膚が硬質しただけの証、重要なのは身体の方であり、指環がどうなっているか、などさしたる問題ではない。というのがそれまでの常識だった。

 ユメの一件以降、覆るわけだが。

 未成年者指環持ちの前例のない重篤症状が、様々な事例が専門機関に大きな利益と莫大な仕事量をもたらした。

 指環の欠落からの、再生成。人工指環の技術を用いた義肢の研究。そして――事故以降、第二次性徴途中での成長・老化の停止。

 成長途上の指環持ちが外的要因でもたらす変化は、絶対数の少ない指環持ちの貴重なサンプルデータとなった。事故から十年の月日を経たにも関わらず、香澄夢芽の長期的なモニタリングが続いている。


「はい、右手開いてー、はい、閉じて―」


 動作を確認するように、右手を開閉するユメ。

 左手の指環と心臓付近には電極みたいなものが貼り付けられ何かを計測しているようだ。


「直接メンテナンスに関係ないのに時間を取らせて悪いな、一応記録しとく決まりだから」

「大丈夫です。この時間は融通してもらえるので」


 ただでさえ貴重な人材である指環持ちの中でも特例中の特例である『香澄夢芽』は、もはや世界規模の生物学的な財産だった。

 とはいえ、発展した社会で働く民主制と基本的人権の尊重によって、仮にも彼女の尊厳と自由意志はある程度は守られていた。


「ゆめめちゃんにも拒否権はあるんだから。面倒だったら断ってくれてもいいんだぜ」

「私も助かってるので。それに、そこまで手間ではないですよ。私の意思も尊重してもらってるし」


 その言葉は文面通り受け取って問題ないだろう。

 事実、失った腕は質感こそ違えど再生してもらっているのは、ユメがデータ収集に協力しているからに他ならない。


「ゆめめちゃんが気にしてないならいいよ。自分もお前を調べるのは有意義だからな。なんとかして、解剖できないもんか」

「あ、あはは……」


 表情こそ変わらないが、確実に引いている。


「次は人工臓器の検査だな……そこのベッドに……の前にちょっと麻酔一本いっとく?」


 次の検査に麻酔は全く必要ない。


「お断りします。何する気ですか……」

「冗談通じないなぁ」

「あなたはやるときはやるでしょ……」

「理解度が高くていらっしゃる」

「……ベッドに拘束具とかついてないよね」


 念のためベッドの回りを確認したりしながら、やや不安が残りつつも、つつがなく検査は終わった。


「身体の方はどこも異常なし。まあ無茶はしてないってことで何より。ただ、プラネットは酷使しすぎ。今回の交換パーツ多過ぎ。随行支援ユニットはアレ一つしかないんだからもっと大切に扱って」

「ご、ごめんなさい」


 それはうちの作戦本部に言ってください。と思いながらもユメは頭を下げる。

 『プラネット』随行支援ユニットは現在進行している指環と連動させた最新義肢プロジェクト、それの発展形の実験機だ。

 ユメが装着している義手もその一環。義手を動かすシステムを応用して遠隔操作で物体を動かす研究。だとユメは聞いている。

 将来的にはプラネットから得たデータをフィードバックし、量産、警察や自衛隊などの機関に配備を視野に入れているのだそう。


「あと、右腕も積極的に使ってくれよ。毎度変化なしの報告書ばっかじゃあさぼってると思われる」

「善処します」

「よろしく頼む。そんじゃお大事に」

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