ハインリッヒの危険な帽子:3

 目の前のローテーブルの上に、小学生が被るようなチューリップ型の黄色い通学帽子が置かれている。

 先日、安さに惹かれて興味本位で買った「危険予測帽子『ヒヤリハット(白ゴム付き)』」が届いたのだ。

 商品は通常の宅配便で届けられ、宅配業者が請求してきた代金引換の金額もサイトに書かれていた金額と同じ「1293円」だった。それ以外の請求は何もなく、宅配業者は帰っていった。

 自室に戻り梱包箱を開封し、中に入っていた通学帽子を取り出し、改めて見る。

 注文時にあった「通学帽子型が恥ずかしい場合はコメント欄に希望する帽子タイプを記載しろ」という指示に従い、「普通の帽子」とコメント欄に記載したのに、届いた帽子はこの黄色い通学帽子だった。

 子供がいない俺の部屋に場違いな通学帽子が置かれている。明らかに違和感しかない。これだけ見たら、近所の子供が被っているのを盗んできたようにも思える。

 ただ、サイズに関しては子供用というわけではなく、大人でも被れそうな大きさではあった。

 サイズ以外は本当に、そう「普通の通学帽子」なのだ。だから「普通の帽子」とコメントを書いたら、この帽子が届いてしまったのかもしれない。


 販売元に問い合わせようとしたのだが、配送されてきた段ボールは無地の茶色いもので何の記載もなく、伝票の送り元には発送代行されているようで、宅配業者が直接の送り元になっているようだった。

 さらに段ボールの中には、梱包材として丸められた紙が敷き詰められており、その中央にこの黄色い通学帽子が、そのまま入っていて、特に商品パッケージや説明書の類いも入っていなかった。

 先日アクセスしたウェブサイトを確認しようとしたが、エラーとなり繋がらなくなっていた。

 

 テーブルに置かれた黄色い通学帽子を手に取り観察してみる。

 帽子にしては少し重量を感じる。布地ではなくポリエステル生地で、手触りが堅い。

 見た目は本当に普通の通学帽子だ。帽子の頂点に当たる部分には黄色い突起物がついている。

 よく見ると黄色半透明のドーム状のカバーが取り付けれているのが分かった。さらに観察すると、カバーの中にはカメラらしきレンズが見えた。

 これがウェブサイトの説明に書かれていたカメラだろうか。


 さらに帽子の内側を見ると、充電用と思われる黒いコードが束ねられた状態で雑にテープで貼り付けてあった。

 それを外し、内側を観察する。帽子正面にあたるつばの下部分に小型の黄色いボックスがつけられている。これは何だろうか。ウェブサイトに書かれていた高性能AI装置なのだろうか。

 そこから黄色いコードが内側に伸びており、先ほどのカメラらしきものに接続されていた。

 これらの機械で危機を予測するのだろうか。

 俺は帽子を自分の頭の上に乗せてみた。両サイドから出ている白ゴムを引っ張り、顎に掛ける。なんだか妙に懐かしさを覚えた。

 小学低学年の時に被った通学帽子にもこうやって白ゴムがついていた。俺が被っていた帽子は、チューリップ型ではなく、野球帽型だった。チューリップ型は女児用ではなかったか。

 立ち上がり、窓ガラスの方を見た。外は暗くなっているため自分の姿がよく見える。なんと滑稽な姿だろう。

 来年四十代になるような髭の生えた中年のおっさんが頭に黄色い通学帽子をちょこんと乗っけている。一歩間違えれば変質者として通報されかねない姿だ。

 カーテンを閉めようと、窓ガラスに近づくと、突然、窓ガラスに文字が次々と表示された。


 電源オン、待機中……。

 システム構築中……。

 カメラ起動。全方位正常認識。

 空間認識オン。正常認識。

 スピーカーオン。正常。

 ネットワーク検出中……。

 ネットワーク接続、認証完了。

 位置情報サービス接続開始。完了。

 危険予測機能オン。機械学習開始。

 アラート設定オン。

 アラートレベル・標準。危険レベル:5以上を警告。

 初期設定完了。

 危険予測監視モード正常。稼働中。


 それらの文字は窓ガラスに表示されているのではなく、目の前の空間に浮き出るように映し出されていた。

 たくさんの文字は消え、今は視界の左上端に「監視モード中」と赤文字で表示されている。

 身体を動かし、視界を移動させると表示文字も一緒についてきた。

 表示されている文字の光源を辿ってみると、帽子のつば部分にある黄色いボックスから発されているのが分かった。どうやらここからプロジェクターのように文字を映し出しているようだ。

 取扱説明書が入っていなかったため、使い方がよくわからない。

 この後どうすればいいのだろうか。とりあえず何か変化がないか部屋を見回してみた。

 すると視界の中央に赤文字が表示され、左右の耳の上あたりから「ポーンポーン」と高音でアラート音が鳴った。


 【注意】危険レベル:5 転倒の危険性あり

 (情報元:消防庁 防災・災害事例データベース)


 赤文字にはそう映し出されていた。と同時に、表示された内容が音声でも伝えられる。

 目の前を見ると、そこには上から下までマンガで埋め尽くされた本棚があった。小学生の時から集めたマンガの単行本で、本棚には全てのマンガが入りきらず、本棚の前にも本が積み重ねてある。

 各棚とも、お気に入りのマンガはタイトル名が見えるように手前に並べており、その奥にそれほど好きではないが捨てるほどでもないマンガを収納している。さらに並べている本の上部にできたわずか隙間にもマンガを横に詰め込んでいるのだ。

 長年その状態が続いているためか、一部の棚の底面板は本の重さで若干歪みが生じていた。

 最近ではスマホでマンガを読むことが多くなり、わざわざ書籍を買うことは少なくなったが、それでも昔から買い揃えているシリーズ物は今でもこの本棚に収納している。正確には本棚の前に積み重ねているだけ、ではあるが。


 本棚の高さは天井に近いところまであり、この高さとこの本の重さから、もし大きな地震が起きたら確実に倒れるだろう、と思ったことは何度かあった。本来であれば転倒防止の突っ張り棒をつける必要があるのだろうが、面倒でやっていない。

 黄色い通学帽子はこの転倒の危険性を指摘してきたのだ。

 先ほど電源が入った時に、「カメラ起動」や「危険予測機能オン」という表示がされていた。帽子頂点にあるドーム状のカバーに包まれたカメラで撮影した画像を、帽子正面のつば部分下にある黄色いボックス内のAIが画像解析を行い、その結果の危険予測を、目の前に映し出している。そんな仕組みなのだろう。なかなか面白い商品だ。

 だがしかし、この程度の危険であれば俺でも予測できる。もっと人間では予測が出来ない危険がないか、さらに部屋の中を見回してみた。

 ベッド、机、テレビなどを見たが特にアラートが出ることはなかった。本棚以外、安全だということらしい。

 本棚も、万が一倒れたとしても、俺が普段生活スペースとしているベッドからは離れているからそこまで危険ではないだろう。

 俺は黄色い通学帽子を被ったまま、自室を出た。

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