第6話 三人の暫定的英雄 (1)
「何だこりゃ……! 凄いな、俺はもともとここの鍛冶屋見習いだったが――」
ガストンは
「こんな見事な拵えの剣は見たことがない。これ、抜いてみてもいいか?」
構わん、と答える。ガストンは慎重に鞘から剣を引き抜くと、ランプの明かりを磨かれた鋼に映した。
「ほうっ」と、どちらからともなくため息が漏れる。黄色い明かりの下でさえ僅かな青みを帯びて見えるその刃には、これといった刃毀れ一つない。性質の違う複数の鋼を重ねて鍛えたものらしく、表面には複雑な模様が浮き出していた。
「こりゃ、大したもんだ……この剣、それにその鎧があれば、ガラティンにたどり着くのもぐっと楽になるはずだ」
箱が開かなかったら、今の装備のまま鉱山まで行かされてたのだろうか――そんなことをちょっと考えたが、口には出さずにおいた。
「とりあえず、この薬品類をここの――ああ、何といったかな、薬師の……」
「ああ、マレット様の事か」
「うん、その人のところに持っていこう。役に立ててくれるだろう」
俺がそう言って収納箱の傍らから立ち上がるとほぼ同時。小屋の中、入り口から一番遠い壁に作りつけられた埃まみれの祭壇に、ろうそくも無いのに明るい光が灯った。
「……! 何だ!?」
――箕形亮介、否「
何処からか、聞き覚えのある声がした。辺りを見回したが、祭壇に灯る謎の光に照らされているのは、ため込まれた雑多な資材と、ガストンと俺だけだった。
(これは――頭の中に直接響く! ね……念話とか霊話とか、何かそういうやつだ!)
――あなたがその箱を開けたことで……私とその世界との結びつきが一段階高められました。これから先、私はあなた方に僅かではありますが、力を分け与えたり、あるいは使命と加護を授けたり、そういったことが可能になりました。
ああ、わかった。さっき(?)の女神だ、この声は。
(随分回りくどいな。この世界をこんな風に改変して、住人の記憶までそれらしく弄ったのはあんたじゃないのか?)
――ええ、まあそうなんですけど……それを、その世界の住民からの信仰なしにやろうとすると滅茶苦茶疲れるんですよ。分かりやすいように喩えて言うと、収益が見込めない段階の事業に持ち出しでお金を――
(……うん、わかった。つまりこれからはこっちからの信仰を力の源にして、普通に神と人間の相互関係が構築できると)
――理解が早くて素晴らしいですね。では、そのまま現地の人々からの依頼ごとをこなしてください。それで成果が上がればどんどん便利になりますから。街の再建も、環境の改善も。
(そんな都合よくいくものなのか)
――ええ、まあそのためには、物資に余裕が出来たらこの祭壇をもっと広いところに移し替えて、きれいに整えて頂く必要があります。それと、恐らくあなた方には魔法や奇跡の力が必要になるでしょう。これはと思う人に、この
俺の両手の間に光が現れて渦巻き、次第に物質の形をとって固まっていく、見る間にそれは、銀色の細い金属線を加工して作られたように見える、見事な細工の冠になった。
――その冠を身に着けて力を解放したものは、神官かあるいは妖術師としての能力と知識を身につけるでしょう。ではそろそろ一旦お別れです、霊話を繋げた神力があと10秒ほどで切れますので……また後ほど!
女神との交感がぷつりと断たれた――使用回数切れのテレホンカードを連想させる。
「お、おい。今のは……」
ガストンが呆然とした顔でこちらを見た。もしや今の会話、彼にも?
「……あんたにも何か聴こえたのか?」
「あ、ああ。長らく不在だった神が戻られて、信仰を求めておられると……祈りと献身を捧げれば、俺たちを守護してくださる、と……そうおっしゃったが」
にわかには信じられん、とガストンは首を振った。うん、まああまり真剣に本気にしない方がいいと思う。ともかく、俺たちはさいぜんの心づもり通りに、一そろいの武具と薬、それに焼き菓子を携えてデジレのテントへ舞い戻ったのだ。
「いや全く、にわかには信じられんが……」
デジレは焼き菓子を一枚齧ると、目隠しをした顔に陶然とした表情を浮かべて頷いた。
「この菓子は、エルフの里に預けられていた時、祖母がくれたおやつに似ている。ガストン、これは病人と子供たちに優先してまずは一枚づつ配ってやってくれ。危険なくらい滋養がある物のはずだ。そうか……神がな。そうなのか」
デジレへの報告は、基本的にガストンの聞いた話を基準にした。俺の聞いた方はその、いろいろとぶっちゃけすぎる。
「やろう。私たちには今、あるかあらぬかのか細いものでもいいから、心の支えと前途への指標が必要なのだ……祭壇の建て替えと祭祀の再開か。そのためにも、ガラティンとの通行をなんとか回復せねば」
サクソニアは終焉を迎えたり。されど世界はなお行く手に―― 冴吹稔 @seabuki
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