第2話 未知との会談

 完全に規制が敷かれた総理官邸前には、異星人を一目見ようと報道陣や一般人などが多く集まっていた。


「あのヘリじゃないか?」


 誰かが指差す先には、陸上自衛隊の輸送ヘリがあった。


『えー、ただいま陸上自衛隊のヘリが総理官邸のヘリポートに着陸しました。あのヘリに、人類史上初となる異星人が

 乗っていると思われます』


 報道陣が熱狂するように叫ぶ中、輸送ヘリから最初に降りた野村一佐は鍋田総理に敬礼する。


「自衛隊富士病院院長の野村謙次一等陸佐です」


「お話は伺っております。それで……こちらの方々が――」


 鍋田は野村のあとに降りて来た三人に視線を向ける。自衛隊のポンチョを被っている為に顔は見えなかった。


「はい、とりあえず中へ入りましょう総理。遠くから写真を撮られないとも限りませんので」


「そうだな。ではこちらへ」


 鍋田を先頭に、輸送ヘリから降りた面々は首相官邸へと入って行く。


 そして応接室に入ってソファに座った後、野村の言葉で異星人はポンチョを脱いで言葉を発した。


「遠い星の人類よ。お会いで来て光栄です」


(写真で見ていたから知っているが……本物を目の前にするとやはり驚きが勝るな)


 そう思いつつ鍋田は、テーブルを挟んで対面に座る異星人に目を向ける。

 その容姿は人間と同じに見えるが、一人は獣耳に尻尾というで、もう一人は耳が長く尖っている。地球風に言えば獣人やエルフと言ってば良いのだろうか。

 唯一男性らしき人物だけは黒人と言って差し支えない風貌をしていた。


「こちらこそお会いで来て光栄です。日本国内閣総理大臣の鍋田信三と申します」


「私は……この星風に言うとミリアム・ルクレールと申します。彼女はクリスタ・キンバリー。アンドレイ・スミルノフです」


 言葉が話せる獣人――ミリアムの自己紹介が終わると、今度は鍋田が口を開く。


「それではミリアムさん。我々は基本的あなた方のことを何も知らない。何処から来て、どうしてこの星に来たのかも。差し支えなければ、聞いても宜しいでしょうか」


 鍋田の問いにミリアムは思い出すかのように目を瞑り、やがて目を開いて話し始めるのだった。




 ◆◇◆◇


 惑星エルストを本国とするベルタニカ帝国は十五の直轄惑星と無数の宇宙都市を保有する大国であり、優れた魔導科学技術を以て銀河を開拓してきた。


 そして新たな人類や知的生命体を発見しては、交渉や経済力によって自らの影響力を拡大していき、遂には大小二千以上の国家を束ねるグラン・ガルド銀河連合の盟主として君臨するまでに至ったのである。


 このグラン・ガルド銀河連合はベルタニカ帝国の強大な軍事力を背景とした集団安全保障体制を採用、ベルタニカ帝国軍は加盟国の平穏と安全を守る為に日夜活動している。


 そんなベルタニカ帝国軍の偵察艦隊軍に所属する三人は未開拓・未調査宙域を探索中に奇襲攻撃を受け、艦は完全に破壊されてしまい小型艇による脱出を余儀なくされたのである。


 その結果、三人を乗せた小型艇は生存可能惑星である地球へと不時着し、今に至るのである。


「簡潔に話すとこのような感じです」


 ミリアムの説明が終わり、鍋田は顎に手を当てながら考え込んでいた。


(壮大過ぎてとてもでは無いが日本だけでは扱えない案件だぞ。そもそも、数千の国家を束ねる連合の盟主が帝国とは……暗黒卿とかいないだろうな)


 某映画のお陰で何とか想像は出来るが、実際に理解出来るかと言われれば別問題だ。

 しかし、目の前の現実を受け入れなければならないのも事実だった。


「……それでミリアムさんは今後どうすることをお望みですか」


「早急に救難信号を送りたい。その為にも小型艇にある通信機を使いたい」


「救難信号を送れば、当然ですがあなたの国の船がやって来ますよね」


「それはそうですが…それで何か問題でも?」


 問題は大有りだ。もし仮に救助が来た場合、どうなるかなど簡単に想像がつくというものだ。地球規模でパニックに陥

 いるだろう。

 異星人というだけでも強烈なインパクトがあるというのに、それが文明レベルも技術力も遥かに勝る星の船など来れば確実に混乱する。


「心苦しいですが、すぐにというのは不可能です。何しろこの星――地球には統一された政府は存在しないのです。何の説明も根回しも無しに船が現れたともなれば、地球はパニックです。下手をすれば我が国が異星人と組んで侵略を始めたと言われかねない」


 鍋田の言葉にミリアムは唇を噛み締める。だが、それも無理はないことだ。

 今の地球の常識では、異なる星から来た者を受け入れる土壌が無いのだ。ましてや、その星が自分達より遥かに進んだテクノロジーを持つのであれば尚更である。


 多分、多くの者が侵略しに来たと叫ぶだろう。そうなれば、最悪核戦争になる可能性すらある。


「……どのくらい掛かるのですか」


「こればかりは何とも言えません。残念ですが」


 鍋田の答えを聞いたミリアムは顔を俯かせるが、しばらくすると顔を上げて言った。


「悠長に構えていれば、この星も危ないかもしれません」


 その言葉に鍋田は怪訝な表情を浮かべるが、ミリアムは構わず言葉を続けて教えた。

 グラン・ガルド銀河連合に敵対する勢力があることを。そしてその勢力はいずれ、地球にも牙を剥くであろうことも。


「そのお話……詳しくお聞かせ願いますか」


 真剣な眼差しを向ける鍋田に、ミリアムは小さく頷いてから説明したのだった。



  それから一時間後、ミリアムたちが去った後、緊急の閣僚会議が総理官邸で行われていた。議題はもちろん、これからのことであった。


「総理の懸念は最もだ。根回しなしに異星人の船がやって来れば、それこそパニックは避けられないぜ」


 副総理兼財務大臣の加藤雄造の言葉に、防衛大臣の田所誠司が異議を唱える。


「確かにそうですが、悠長に構えている時間はないでしょう。話を聞く限り、彼女たちと敵対する勢力はすぐそこまで来ています」


「だが世界を納得させられるだけの証拠があるか?彼女たちが嘘を言っている可能性だってある。救難を呼んだら侵略の為の艦隊が来たなんてことになったら、誰が責任を取るんだ」


 外務大臣の宮島正弘(みやじままさひろ)の言葉に、一部の閣僚たちからも同意の声が上がる。


「……このまま国連にでも丸投げしますか」


 誰かがぼそっと呟いた言葉に、田所が鬼のような形相を浮かべながら声を荒らげた。


「馬鹿な!未知の技術を何もせずに見逃す気ですか!?国連なんぞに丸投げしたら、理事国に技術を独占されてしまう。少なくとも欧米を巻き込みながら日本主体で行動するべきだ」


「だが技術を得られるとは限らないだろう。遭難者を回収後、そのまま去ってしまうかもしれないぞ」


「あり得ません。敵対勢力が存在する以上、必ず味方に引き入れようとするはずです。少なくとも交渉は行われるはずです」


 議論が次第に白熱していく中、それまで黙っていた官房長官である小泉英明が口を開いた。


「どちらにしろ日本一国ではどうにもならないのは明白です。ここはアメリカにも協力を仰ぎましょう。アメリカの協力がなければ、少なくとも中国やロシアからの外圧には耐えきれないでしょう」


 その言葉を聞いて、閣僚たちは黙り込むしかなかった。それほどまでに小泉の言葉は正論だったからだ。


「確かに問題が地球規模的過ぎて日本一国では対処不能だ。となるとアメリカを引き入れる以外に道はない。至急、アメリカとの会談をセッティングしてくれ」

 鍋田の言葉を受けて、秘書官の一人が足早に部屋を出て行く。それを見送った鍋田は、深い溜め息を吐くのだった。


  同じ頃、ミリアムたち三人は用意されたホテルで顔を顰めていた。


「彼らの懸念は理解出来るが、どうにかならないものか」


「まぁ未知の知的生命体と初めて出会ったともなれば、当然の反応とも言えますが」


「そうだな。だが……私たちが遭遇したあいつら、偶然こんな宙域に展開していたと思うか?」


 ミリアムの問いにアンドレイは即座に否定した。


「まず間違いなく先遣艦隊でしょう。そうなると狙いは間違いなく――」


「この惑星だろうな。どのくらい耐えられると思う?」


 ミリアムの質問に、クリスタが少し考えてから答える。


「この惑星の戦力を把握していないのでわかりませんが惑星ミゼルディアの件を考えますと長くても一ヶ月かと……」


 その考えにミリアムも同意見だったらしく、小さく頷くと視線を窓の外に向けた。


「早急に決断してくれると良いんだが」


 しかしそんなミリアムの考えとは裏腹に、事態が進展することは無かった。



 ◆アメリカ合衆国 ホワイトハウス◆



 合衆国大統領アーノルド・ウォレスは、駐日大使と日本政府から送られてきた資料を呼んで、思わず大きな溜め息を漏らした。


「資料は読んだかね、アリソン。まるでロズウェル事件を彷彿とさせてくるよ。尤もあの時とは違い、今回は本物らしいがな」


 そう言って苦笑するウォレス大統領は、国務長官であるアリソン・ベケットに問い掛ける。

 それに対してアリソンは、困惑気味な表情を浮かべながら答える。


「資料は読みましたが、何処かの国が遺伝子操作で生み出した存在という方がまだ理解できそうです」


 獣耳であるミリアムの写真を思い出しながら言うアリソンに、ウォレスは肩を竦めながら同意した。


「確かにそうだな。だが未知の技術が詰まった宇宙船に軍用武器まである。信じざるを得ないだろう」


「グラン・ガルド銀河連合にベルタニカ帝国ですか……本当に映画のようで困ります。それでどうするおつもりですか」


 そう尋ねるアリソンに対してウォレスは即答を避け、しばらく思案してから口を開いた。


「中国の軍拡は続く一方で、このまま進めば間違いなく技術が追いついてくる。何しろ新技術が開発されるよりも、彼らのスピードの方が速いからな」


 分かるだろう、と言いたげな表情で見てくるウォレスにアリソンは無言で頷いた。


「近い内に技術差が追いついてしまう以上、未知の技術は何としても独占したいというのが本音だ。だが日本が懸念するように、救難信号発信を断固拒否する国もあるだろ。侵略されると恐れるが故にな」


 歴史を紐解けばすぐに理解できるだろう。人類史とは常に争いであり、強者が常に弱者を利用してきたのだ。

 そして地球全体がそうならない保障など、何処にもないのである。


「宇宙人といえばイメージは侵略だし、帝国という名もそれを助長するだろう。三名の異星人には悪いが、救難信号をすぐに送るのは事実上不可能だろうな」


 そう言いながら再び手元の書類に視線を落とすウォレスは、どうやったら国益に結びつけられるのか頭を悩ませるのだった。



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遥かなる星の海から 黒いたぬき @haragurotanuki

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