第4話

「やあ。いらっしゃい」


 ぼくたちを出迎えた茜くんは、優雅にほほえんだ。

 なんていうか、相変わらず、こう……そう。カリスマ。カリスマオーラだ。

 茜くんは全身からカリスマオーラがにじみ出ているんだ。

 この人、本当にぼくと同い年なのかな。

 机には琥珀くんが突っ伏していて、ちらりと顔だけを向けてきた。

 その向かいには、藍里さん。分厚い本を読んでいて、こっちを見ようともしない。

 うーん。アウェイ感がハンパないぞ。

 積み上がった本の上から、スズが手を振ってくれたのが救いかもしれない。


「ちょうどいいところに来てくれたね」

「? あかねくん、何かあったの?」

「依頼だよ。しかも二ついっしょに」

「依頼?」


 ぼくが首をかしげると、「うん」と茜くんはうなずいた。

 席に座るようにうながしてくる。

 流されるままに、ぼくと桃香ちゃんもイスに座った。

 何となく男女で分かれる形で……ぼくが琥珀くんの隣に、桃香ちゃんが藍里さんの隣に。

 う……琥珀くんからの視線が痛い。

 穴が空きそうだよ……。


 コホン。茜くんが咳払いをする。

 ぼくは思わずピシリと姿勢を正す。


「おそうじクラブには、たまに依頼が入るんだ。幽霊かもしれないから解決してくれ、ってね。依頼じゃなくても、怪談話はみんな好きだからね。色々情報は入ってくるよ」

「けっこう公になってるんだ」


 建前では学校をピカピカにする……なんて言ってたけど、あんまり建前としては機能していなさそうだな。

 先生は何も言わないんだろうか。

 ……茜くん相手には、言えなさそうだな。

 ぼくが勝手に納得していると、茜くんはにっこりと笑顔を向けてきた。

 優しい笑顔なのに、めちゃくちゃ迫力がある。

 な、何も言ってません。

 逆らうつもりはありません。

 って、勝手に言い訳したくなるくらい。


「今回の話は、この二つ」


 キュッ。

 茜くんは、背後のホワイトボードに一と二を書いた。

 それから、キレイな字で書き足していく。


 一、音楽室で勝手に鳴るピアノ

 二、体育館で勝手に弾むバスケットボール


 いわく、誰もいない放課後、音楽室からピアノの音が聞こえてくる。その音はすごく憎しみがこもっていて、聴いている人がおかしくなりそうなほど。ピアノのコンクールの前に病死した女の子が、誰にも聴いてもらえない無念で、ずっと弾き続けているんだとか。

 いわく、やっぱり誰もいない放課後、体育館からボールをつく音が聞こえてくる。覗き見ても人の姿はなくて、そこにはバスケットボールだけが、ダム、ダムとドリブルのように弾んでいる。だけど目を離した次の瞬間には、そのボールが、なんと、人の生首に!

 ……うわあ。イヤな想像をしちゃったぞ。


「場所、離れてんな」

「そうね。でも、急がなくても特に問題はなさそうだけど……?」


 琥珀くんがうなり、藍里さんが首をかしげる。

 あ、と桃香ちゃんが声を上げた。


「ピアノは今度、発表会がある子がいて、練習に使いたいのに……って言ってたよ」

「あー。バスケ部も試合が近いって言ってたな」

「どのみち、勝手にいろいろ動かれちゃ不気味で仕方ないのだわ!」

「それ、スズが言うかぁ?」

「コハクは失礼なのだわ!」

「イテテテ! こら、髪の毛引っ張んな!」

「ま、まあまあ。琥珀くんも悪気があっての発言じゃないし……」

「ふん、なのだわ!」


 スズはわかりやすく、ツーンと顔を背けた。

 桃香ちゃんが心配そうに琥珀くんを見ている。

 琥珀くんは「ひどい目にあった……」って頭をさすっているけど、怒っているわけじゃなさそうだった。

 案外、優しいのかな?


「さて。話を続けていいかな」

「あ、えっと。二つの依頼があって、どっちも早めに解決したい……ってことだよね」


 ぼくがおずおずと確認すると、茜くんは大きくうなずいた。


「そう。そのため今夜、二手にわかれて行動する」

「今夜!?」

「怪談は夜が定番と決まっているだろう?」


 茜くんは、あっさり言ってのけるけど。

 わざわざ定番に従わなくてもいいんじゃないか。


「チーム分けは、オレの独断でこの通り」


 キュッ、キュッ。

 茜くんはやっぱりキレイな字で、矢印を引いた。

 そこに名前を足す。


 一、音楽室で勝手に鳴るピアノ

 →桜田桃香、風早琥珀、天内若葉

 二、体育館で勝手に弾むバスケットボール

 →西園寺茜、雪野藍里


「「「ええええ!」」」


 ぼくらは一斉に声を上げた。

 厳密には、音楽室に指名された三人だ。もちろんぼくを入れて。


「何で、オレがこいつと!」

「ひぃぃごめんなさい! そもそもぼく、まだ入るなんて言ってないよ!」

「あの、あの、だ、大丈夫かな? わかばくんは初めてだし、わたしより、茜くんといっしょの方がいいかも……」


 ぎゃあぎゃあ。

 その場は大混乱。

 茜くんはニコニコしているし、藍里さんは無表情にお茶をすすってるけど。


「静かに」


 リーダーよろしく、茜くんが声を上げた。

 ぴたり。

 ぼくらは止まる。

 ぼくなんて、ついでに息まで止まってしまった。

 茜くんって、時々やたら迫力があるよね……。


「オレの采配さいはいに文句があるのかな?」


 にっこり。

 有無を言わせない茜くんの笑顔に、ぼくたちは顔を見合わせる。

 だけど誰も、今の茜くんに文句なんて言えるはずがなくて。


「何でもないです……」


 弱々しく、ぼくは頭を垂れるしかなかった。

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