新思潮を辿る旅

金森 怜香

新思潮を辿る旅

 ガタゴトと電車に揺られる。

その中で、幸運にも座椅子に座れたので、パラリ、パラリと文庫本をめくる。

本のタイトルは、『富嶽百景』、太宰治先生の本である。


 つい先ほど、多磨霊園に眠る菊池寛先生のお墓参りをしたばかりだ。

朝一番に浅草のホテルから多摩へと向かう電車の中では、『恩讐の彼方に』を読んでいたのだが、多磨霊園に到着する前には読み終わってしまったのである。

なお、お墓参りは今年二度目で、文藝春秋社のあるコンテストに作品を提出したことを報告したいという思いからの行動である。

しかし、まさか大の大人が、墓石を前に号泣するとは……。

自分で少し恥ずかしく思ったが、憧れの先生に改めて挨拶と報告をして来られたのでまあそれは良しとしよう。

何を隠そう、私は菊池寛先生の作品に影響され、こうして執筆をすることができているのだから。常にお守り代わりに『恩讐の彼方に』でなければ『無名作家の日記』を持ち歩くほど、私は菊池寛先生に傾向している自覚がある。

つまりは、私は菊池寛のファンというか、菊池寛シンパなのである。


 お墓参りしたまさにその足で、三鷹の文学記念館巡りへと向かっているのである。

三鷹と言えば、私は一番に山本有三先生を脳裏に浮かべていた。

他にも何人もの近代文学作家の人と所縁ゆかりのある地である。


「ここが三鷹かぁ!」

駅の南口に出て、街を眺める。

私が住んでいる田舎とは大違いの大都会、やはり都会は大きくて凄いな、と改めて思うのである。

一番に思ったのは、ロータリーが広い!


 そんな中で目に着いた物は、『太宰治 小さな家』と書かれた看板。

太宰治もこの三鷹に縁があるのは、様々な本を通して知っていた。

電車で読んでいた『富嶽百景』を思い出す。

そう、これは三鷹で書かれた小説である。


 ロータリーを降りると、桜並木が立ち並ぶ景色。

春ならば、ここは一面薄紅色の美しい景色であろうということは、容易に想像できるほど、沢山の木が立ち並んでいる。


 だが、今は残念ながら秋である。

赤、茶、オレンジ、黄色、または赤からオレンジのグラデーションや黄色とオレンジの間のような色、と様々な色に染まった葉っぱがはらりはらりと風に揺られて地を染めている。

だが私は、その景色で季節を感じることができ、色とりどりの地面を美しいと思えた。


 桜並木を眺めていると、サワサワと静かな音がする。

この音は安心感があるな、と思って桜の木の下を見る。

川……、そう玉川上水の中流が通っている。

玉川上水の水に、これまた色とりどりの葉っぱたちがゆらゆらと水流に導かれて旅をしていた。

日の光が水に反射し、水も葉っぱもキラキラと光っている。

私は眩しく感じて、目を細めた。

時間さえ許せば、付近のベンチに座り、読書する時間もきっと幸せだろう。

川の音と、そよ風を感じながらの読書タイムとは、優雅だろうな。

近くにオープンカフェなどあればいいのにな。

そんな風に思っていた矢先である。


 冷たい風が吹き付けてくる。

着ていたニットを通り抜けて、ブラウスを通り、肌へとひやりとした感触に思わず小さく身震いする。

まるで、早く記念館へ来い、と言わんばかりの風だ。

三鷹の駅から歩いて行くと『山本有三記念館』があるのは知っている。

というより、一度だけ訪問したことがある。

鞄には、その時に購入した『心に太陽を持て』も入っている。

富嶽百景の後で読もうと持参していたが、電車で富嶽百景を読み終えることはできなかったので、まだ手付かずの本だ。

今回の旅ではあまりに本がかさばり、荷物を減らす必要があったので持って行けなかったが、山本有三先生と言えば『路傍の石』はとても好きな作品の一つである。


『たったひとりしかない自分を たった一度しかない一生を ほんとうに生かさなかったら 人間うまれてきたかいが ないじゃないか』

脳裏に浮かんだのは、『路傍の石』の大好きな一文である。

この言葉には、本当に何度も励まされたな。

そんなことをぼんやりと考える。


 私は風の導きを受けながら、文学館へと足を進めた。

まっすぐ! ただまっすぐ!

10分ほど歩いただろうか……。

大きな掲示板、さらに白をベースとした立派な門!


 何ヶ月ぶりかの山本有三記念館だ。

初めて訪問した時は冬だった。

あの日も晴れていたな、と思いながら記念館の敷地に足を踏み入れる。

やはり、建物そのものに目を奪われる。

煙突もだが、建物そのものが素敵だ、と感じずにいられない。

北側の庭も、色とりどりの花が咲いていた。

丹精された花が咲き誇っている様子に、嬉しい気分になる。


 山本有三先生が住んでいたという洋風の屋敷は、フランスの建築家に影響されたという話は聞いたことがあった。

生憎、どこで聞いたかは忘れている上に、私は建築に関する知識はからっきしなので、あまり詳しいことは知らず、申し訳ないと思ってしまうほどだ。


 記念館の南側は、初来館時に見て以来お気に入りの場所になっていた。

庭の木々の葉っぱは黄色く、またはオレンジに色付いていた。

紅葉もみじの木は、様々な色合いになっている。

黄色だったり、緑のままだったり。

緑を残しつつ黄色くなっていたり、真っ赤になっていたり。

私は紅葉の葉っぱが大好きである。

日が当たる関係もあるだろうが、紅葉こうようした時に特に個性豊かだな、と感じるからである。

青空も相まって、美しいコントラストになっている。


「まるで、紅葉の海だ」

思わず口に出る。

紅葉の木の下から空を眺めていたから、ついそう思ってしまったのである。


 庭を堪能した後、記念館の中で資料を見させていただいた。

一番感動したのは、素晴らしい内装よりも、特別展よりも、何よりも『第三次新思潮』の現物である。

資料館、記念館などはよく足を運ぶようになったのだが、どういうわけかほとんど『第三次新思潮』の現物は見かけない。

記憶が正しければ、私はまだ『山本有三記念館』でしか見ていないはずである。

今年、菊池寛記念館(高松市)にも足を運んだが、『第四次新思潮』は見つけたが『第三次新思潮』はなかったと記憶している。

それだけに、感動はひとしおだった。


そして、特別展で山本有三先生の「作家として、教育者として」を拝見した。

彼は教育者としても、とても優れた人物であったと私は思う。

それを物語るのが、数々の山本有三先生の作品だろう。

『路傍の石』の言葉や『心に太陽を持て』の数々の小説はまさにそれを物語っていると私は感じたのである。


 様々な資料を見て、資料をもらって、私は自宅へと戻ることにした。

カバンの中には、さらに追加購入した本を入れて。

新幹線の中は、きっと読書タイムになるだろう。

そんな思いを持ちながら、私はついに三鷹に別れを告げ、故郷へと戻るべく東京駅へと向かった。


心で、「ありがとうございます! 頑張ります」とお礼を告げながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新思潮を辿る旅 金森 怜香 @asutai1119

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ