幕間


 とんでもなく、面白いものを見てしまった。イリシアは扉に背を向けて笑みをこぼす。


 イリシアは王都を離れて南の神殿で暮らしていた。父が王族の端くれで神殿の管理をしていたからだ。神殿はオアシスの緑に囲まれた美しい場所で、イリシアはそこに暮らす子供達と毎日走り回って遊んでいた。そんなイリシアにとってハーレムはとても窮屈だ。


 そもそも、イリシアはあまり男性に興味がない。むしろ可愛い女の子と戯れている方が好きだ。だから可愛い女官達にちやほやされるために、王子を上手く誑かして妃の座を掴もうと意気込んでいた。そして、ダメでも女の子ばかりのハーレムで過ごせるなら、それだけでも楽しいに違いないと期待していたのだ。


 だが、ハーレムはバドラによって呆れるくらいに規律正しい生活を余儀なくされているうえに、似たような娘ばかりでつまらない。上流階級の家に育ち、優雅に笑みを張り付けている。でも上品な仕草の裏で、足の引っ張り合いをしているのだから反吐が出る。


 妃候補だけでなく女官達も似たり寄ったりだ。その中で、田舎のオアシスからやってきたと言うライラは少し毛色が違っていた。あと別の意味で、ライラとよく一緒にいるマーリも毛色は違うが。でも、マーリはあまり近寄りたくない相手だ。


 ライラは真面目くさって面白みがないかと思っていたら、真面目すぎのお人好しで、馬鹿をみる性質の娘だった。現に妃候補から色んなことを押しつけられている。だから今度はどんなことをしているのかなと、観察していると楽しいのだ。


 でも、最近は少々根を詰めすぎている気がするので、ちょっと心配になって部屋に来てみたら……なんと、男と密会しているではないか。扉の隙間からそっと覗き見していたのだがかなり良い雰囲気だ。あともう少しで男の告白が聴けたのに残念で仕方ない。

 こんな絵巻物のような光景が生で見られるとか、なんて幸運なんだろうか。つまらないハーレムにおいて、こんな面白いことが起こるだなんて。イリシアは興奮が止まらない。


 それにしてもライラは驚くほど鈍感だ。あんなのライラのことが好きに決まっているではないか。それなのに別に本命がいるとか思っているらしいライラは残念きわまりない。シンとやらも大変だなと、イリシアは同情する。


 イリシアが先ほどの光景を思い出していると、不意に部屋から声がした。


「あの、誰かいるんですか?」


 問いかけと同時に扉が開く。イリシアの姿を見た瞬間、ライラの表情が一気に強張った。


「あ、こんな夜分に来てごめんね」


 イリシアがへらっと笑うと、余計にライラは頬を引きつらせる。


「……イリシア様。その……いつから、そこに、その、いらっしゃったのですか?」


 ライラの声が震えていた。どうやら怯えているらしい。困ったなとイリシアは思った。別にこのことを断罪するつもりも、言いふらすつもりもないのだ。

 本当は、見ていたことを告げて、もっと詳しいことを聞きたい。けれど、ライラの様子を見れば、それが無理なことは明白だった。ランプだけの頼りない明るさでも分かるほど、ライラは泣きそうな表情をしている。


「たった今来たところ。それより、ライラ酷い顔してる。疲れてるんじゃない? 最近忙しそうにしてるから、心配で顔見に来たんだけど」


 イリシアは素知らぬ顔で言った。


「そう、なんですね。そっか、良かった」


 ライラは安堵したのか、扉にずるりともたれかかった。


「立っていられないほど疲れてんじゃん。ほら、さっさと寝なって」


 ライラをベッドまで連れて行くと、無理矢理寝かしつける。


「お手間を掛けさせてしまい、申し訳ありません」


 ライラが小さな声で謝ってきた。その弱々しい姿に、イリシアは妙な胸騒ぎを覚える。


 それにしても、ライラは不思議な娘だ。真面目で誠実で人当たりも良い。だから、ライラが求めれば、手を貸す人間はたくさんいるだろう。けれど、何でも自分でしようとするのだ。その姿勢に迷いがない。人に頼るという考えが抜け落ちている。故に、どんどん色んなものを背負い込み、自分で自分を追い詰めている。

 危うさが何か気になってしまう。つい見てしまう。手を出したくなる。関わりたくなる。もしかしてシンって人も、こんな気持ちなのだろうか。そこまで考えてイリシアは我に返る。


「良いって、気にしないで。私が勝手にやってることだから」


 イリシアは、ぽふんとライラの頭を撫でる。そして、お休みと言い残し部屋を出た。


「生きるのが下手くそで、ほんと可愛いなぁ」


 廊下に、イリシアの独り言が零れるのだった。

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