第11話

 腹をくくったライラは、ランプを片手に鬼の形相で原料を集め始めた。棚整理も行おうと思っていたおかげで、原料は種類ごとに分けられている。どこに何が置いてあるのかは分かるため、棚の中身を確認しながら原料を探していたときより、はるかに早く原料が集まっていった。

 一気に全部集めても置き場所がないので、作業机がいっぱいになると、計量作業に移る。黙々と量り分けていく。そしてすりつぶして粉末にしたり、叩いて汁を搾り出したり、煮出したりと、それぞれの加工をしていった。


 そして、窓の外に月が輝く頃シンがやってきた。けれどシンを構っている暇はない。話しかけられても適当に生返事していたら、シンが拗ね始めた。


「なぁライラ、ちょっとはこっち向けよ。俺、寂しがってるよ?」

「そう、ですか」


 ライラは手元を見つめたままだ。


「むー、そんな態度取るなら、強硬手段取るぞ」


 シンが作業机の上のランプを持ち上げ、机の下に置いてしまう。すると、手元が暗くなってしまった。


「ちょっと、シン様! 邪魔しないでください。一分一秒が惜しいんですから」


 ライラが睨み付けると、シンは子供のように口をとがらせた。


「そんなに怒ることないじゃん。ちょっとした冗談だろ」


 シンはすぐにランプを元の位置に戻す。


「冗談に付き合っている時間はないんです」


 光源が戻ってきたので、ライラはすぐに作業を再開した。


「なんでそんなに焦ってんだよ。棚整理までやるって、余裕の発言してたくせに」


 シンの声はふてくされたままだ。


「もう棚整理なんて無理です。課題の薬を調合するだけで精一杯なんです」

「なんかあったのか?」


ここではじめて、シンの声音が案じるものに変わった。


「先ほど、作ってあった薬の半分くらいが使い物にならなくなりました」

「は? どうして?」


 シンは詰め寄ってくる。けれどライラは理由をいうのを躊躇った。バドラのせいだと言えば、シンが手を回してくれるかもしれない。でも、それはして欲しくなかった。


「私が、失敗しただけです」


 これは嘘ではない。薬に関して素人のバドラに、手を出させてしまったことはライラの失敗だからだ。手を触れさせぬように注意をしなければならなかった。あれはただの香料だったけれど、薬の中には吸い込んだら毒となるようなものもあるのだから。


「何をどう失敗したんだよ」

「……詳細は言えませんが、私の薬師としての心構えが足りなかったんです」

「そうなのか?」


 シンが探るようにこちらを見てくる。


「そう、なんです」


 ライラはシンの視線から逃れるように下を向いた。


「ライラがそう言い張るんなら仕方ないな。でも、ライラは諦めてないんだろ?」


 シンがため息交じりに問いかけてくる。ライラは顔を上げて頷いた。


「少ないけれど、まだ時間はあります」

「そっか、なら頑張れよ。何か俺に出来ることはあるか?」


 シンの問いかけに、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、大丈夫です。これは私の課題ですから」

「手助け無用ってことね。分かったよ。でも、無理だけはするな。もし間に合わなかったら俺の元に来れば良い。めちゃくちゃこき使ってやるから安心しろ」


 シンは柔らかく笑った。その笑みに胸が熱くなる。シンは子供のように構えと言ってくるくせに、いざライラの状況を判断するとすっと引いてくれる。本当の意味でライラを困らせることはないのだ。そのさりげない優しさは、昔から全然変わらないなと思う。何だか気恥ずかしくなってしまい、ライラは再び目をそらしたのだった。




 時間というのは、どうしてこうも早く流れるのだろうか。徹夜して食事の時間すら惜しんで薬を調合し続けた。その甲斐あってあと残り一つですべての薬が調合し終わる。けれど、今にも夕陽が沈みきってしまいそうだった。


「ライラさん、そろそろ時間だよ」


 焦るライラの元に、アブーシがやってきた。


「ま、待ってください。まだ、完全には太陽が沈んでいません」


 ライラは答えながら必死に手を動かす。あとは小鉢ですりつぶし、別に避けておいた粉を投入し、小さな丸薬に成形するだけだ。


「確かに日没までって言ったからね。良いよ、沈みきるまでは待つよ」


 その間にもどんどん陽は沈んでいく。泣きそうになりながらも、ライラは小鉢の中身を混ぜ合わせる。ちょうど良い堅さになったのを確認し、丸薬用の型に薬を詰めた。


「わー、ライラさん、手際良いねぇ。でも間に合うかな?」


 所詮、他人事なアブーシは楽しそうにライラの様子を見ている。それに少しイラッとしながらも手は休めることなく進める。すべての型を埋めて、崩れないように再度匙で圧力を掛けると、紙の上に型を軽く叩きつけた。すると、成形された丸薬が転がり落ちる。


「出来ました!」


 ライラが顔を上げると、かろうじて夕陽の最後の輝きが残っていた。


「うん、ぎりぎり間に合ったね。じゃあ、出来の確認させてもらうよ」

「はい、お願いします」


 ライラは近くの椅子によろよろと座った。なんとか時間は間に合った。あとは薬の出来の判断を待つだけ。もうライラに出来ることはない。


 課題は膨大な種類の薬のため、確認も時間がかかっていた。ライラは徹夜の影響で、だんだんと眠くなってきてしまう。起きていなければと思うのだが、必死の抵抗も虚しく、意識が遠のいていくのだった。







【お読みくださりありがとうございます】

第2幕はここまで、次話は幕間となります。

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