第2話

「盗賊だ!」


 その声に反応するように、地鳴りは大きくなり、馬に乗った男達に取り囲まれた。


「これはこれは、王都へ向かうキャラバンのみなさん。我らのために、たくさんの荷物を運んできてくださり、ありがてえ限りだ。なぁ、野郎ども!」


 頭とおぼしき男が叫ぶと、仲間達が雄叫びを上げた。先日ライラを襲ってきた破落戸どもよりも、何倍も人数が多い。それらに砂漠のど真ん中で取り囲まれて、絶体絶命だ。


 ふと違和感に襲われる。

 先日も絶体絶命だったけれど助かった。でもどうやって?


「ライラ! どうしよう、殺される!」


 ライラの戸惑いを吹っ飛ばすように、マーリが震えながら抱きついてきた。


「大丈夫ですよ。大きな声を出さないよう、じっとしていてください」


 とにかく、マーリを守らなくてはと思った。マーリは妃候補だし、何より、初めて村の外で出来た友達だから。ライラは自分の上着をマーリに被せた。そして、自らはマーリの上質なショールを羽織る。こんな目くらましに騙されてくれるかは分からないが、やらないよりはマシだろう。

 護衛の人達が懸命に戦っているが多勢に無勢だ。その上、完全武装の盗賊に比べて、野営準備に取りかかっていた護衛達は劣勢を強いられていた。ライラは、マーリを抱きしめながら物陰に隠れる。しかし、頭上に気配を感じたと思った瞬間、首の後ろを掴まれた。


「お頭! 高く売れそうな女がいましたぜ」


 ライラは首の後ろを掴まれて歩かされ、お頭とやらの前に引きずり出されてしまう。


「良い服着てんじゃねえか。おい、顔見せろ」


 お頭の命令に、ライラを掴んでいる盗賊が返事をした。そして、ライラの頭の布とベールが取り払われる。


「ほう、かなり若いな。まあ、顔立ちも悪くはない」


 頭に覗き込まれ、ライラは思わず顔を逸らした。


「初物なら、高く売れますぜ」


 目の前で、目の前が真っ暗になりそうな会話が繰り広げられている。なにこれ。つまり、このままいくと売られるのか? そんなのは嫌だ。


 ライラが自分の未来に絶望しかけたとき、新たに地響きがしてきた。その方向を向くと、ティタース王国の旗がはためいている。そして、騎馬隊があっという間に近づいてくると、盗賊と交戦し始めた。数で圧倒していた盗賊達が、逆に数で圧倒されている。しかも、騎馬隊の動きは素早く、盗賊達は手も足も出ない。一人二人と捕まっていき、最終的にライラを人質にとった頭と子分の二人になった。


「我々は王都から派遣された、盗賊の討伐隊だ!」


 討伐隊の一人が進み出て、盗賊へ向かって言った。


「だからどうした! この女の命が惜しかったら、子分どもを解放しろ」

「それは困ったな。女性は返していただきたいが、要求をのむわけには行かない」

「じゃあ、こいつ殺すぞ」


 盗賊の頭も追い詰められていると理解しているのだろう。ライラを掴む手が震えている。


「ならば、我らも捕らえた者を殺しますよ」


 討伐隊は、あくまで優位な立場を譲らない。そのときだった。


「シン、待て!」


 ザルツの叫ぶ声が聞こえたと思った瞬間、人垣をかき分けるようにして青年が飛び出てきた。立ち止まることなくライラの目の前まで全力で駆けてくると、その勢いのまま盗賊の頭をぶん殴った。

 すぐ隣で見ていたライラには、まるで時間の進みが遅くなったかのように動きがハッキリと見えた。突然の乱入者に驚く盗賊の頭はすぐに動けず、驚いた表情のまま顔面を思い切り殴られる。頭を殴った青年の拳は、まるで怒りが乗り移っているかのように鋭かった。

 そして、盗賊の頭が吹っ飛ばされたのに引きずられて、ライラはその場に転がってしまう。すると、すぐに強い力で抱きかかえられた。


「大丈夫か、ライラ」


 泣きそうな表情をした青年は、じっとライラを見ている。

 名前を呼ばれたということは、知り合いなはずだ。確かに、何か見覚えがある。


「シン様……ですね」


 ライラは記憶の奥から、この青年を見つけ出した。幼馴染みだが、貴族の養子となったシンだ。先日も村に訪ねて来たはずなのに、どうしてすぐに思い出せなかったのだろうか。


「ライラ?」


 シンは不思議そうな表情をしたが、まわりを見渡すと、納得したようにため息をついた。


「まぁ、これだけ人がいたら仕方ないか。気を遣ってくれてありがとな」


 シンは苦笑いを浮かべると、ライラを横抱きにして立ち上がった。


「あ、あの、歩けます! 歩けますから、おろしてください」


 この場にいる全員から注目されていることに気が付き、ライラは慌てた。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。すると、ザルツが仁王立ちしてシンの行く手を阻む。


「シン、一人で飛び出さないでくださいよ。何かあったらどうするんですか」

「だって、あいつらがさっさとライラを助けないから……我慢できなかった」


 シンは拗ねたように視線をずらす。


「ちょっとは我慢というものを覚えてください。勝手に討伐隊に紛れ込んで、叱られても知りませんからね」


 ザルツがひとしきり怒ると、両手を差し出した。


「何だよ、ザルツ?」

「ライラちゃんを受け取ります。あなたは護衛を付けてさっさと戻ってください」


 すると、ザルツに渡したくないとばかりに、シンはそのまま回れ右をした。


「嫌だ。俺は今日ここでライラと一緒に寝る。王宮に入ったら会いづらくなるから」


 突然、何を言い出すのだ。昔は気安い関係だったかもしれないが、それは幼馴染みで同じ身分だったからだ。こういう風にからかうのは本当にやめてもらいたい。


「シン様、ちょっとお待ちください。一緒にとか意味が分かりません」


 ライラが真顔で言うと、シンの動きが止まった。


「……ライラ。あれ、怒ってる?」

「怒っていませんが困ってはいます。とりあえず、地面に下ろしていただけますか」

「うん」


 シンが素直に返事をし、ライラをゆっくり下ろした。


「ありがとうございます。あと、助けていただいたことも感謝しております」


 ライラは片膝を地面につけ、手を胸元に重ねて頭を垂れる。目上の方への礼だ。


「あ……いや、別に、そういうのいいから。もう頭上げろよ」

「では、仰せのままに」


 ライラは立ち上がると、シンを見た。

 シンは戸惑ったようにこちらを見ている。そして、ため息を一つ吐くと踵を返した。


「ザルツ、俺は戻る。騒がせて悪かった。後のことは頼む」


 そう言い残し、討伐隊の一人が連れてきた馬に乗った。そして、王宮の方向へと帰って行ったのだった。

 その背中が妙に寂しそうだなと感じたのは、何故なのだろうか。

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