地底に咲いた花

大隅 スミヲ

地底に咲いた花

 その袋の中身は知らされてはいなかった。


 ただ用意されたワンボックスカーを運転し、袋を届けるだけ。それが今回の仕事だった。


 メッセージアプリで注文を受け付ける『なんでも屋』を開業して1年になるが、こんな依頼を受けたのは初めてのことだった。


 基本的なやり取りはすべてメッセージアプリで行われた。

 普段であれば、メッセージアプリはアポイントメントを取る時のみに使用するのだが、今回の客は荷物の受け渡しも、料金の支払いもすべてメッセージアプリで終わらせようとしていた。


『コインパーキングへ行って車に乗ってください』

 メッセージに添付されていた地図の場所へ行くと、そこはコインパーキングであり、一台のワンボックスカーが停められていた。


『鍵は給油口の蓋を開けたところに入っています』

 こちらもメッセージの通り、鍵は給油口のところに入っていた。

 鍵を開けて運転席に乗り込むと、次のメッセージが届く。


『荷物は後部シートに乗っています。カーナビの場所へ届けてください。料金は助手席側ダッシュボードにあります。駐車料金も含まれていますのでご確認ください』

 助手席側のダッシュボードを開けてみると、封筒に入った15万3000円があった。今回の依頼料金は15万円だった。残りの3000円は、この駐車料金ということなのだろう。


『荷物は後部シートに置かれています。荷物には絶対に触らないでください。また荷物についての質問はNGです』

 たしかに後部シートには大きな袋に包まれた荷物が積まれていた。大きさ的には180センチ×50センチぐらいで、黒のビニール袋で何重にも覆われている。


 もしヤバいものだったら、どうしようか。そんな考えもあったが、これが何であるかは想像もしないことにした。


 エンジンをかけると、カーナビが起動して目的地を表示した。目的地の周りは畑ばかりのようで目標となる建物などの表示はなかった。

 料金を支払って車を出すと、あとはカーナビの言う通りに運転するだけだった。


 目的地についた時、どこか安心している自分がいた。

 そこは町外れにある花屋の前だった。看板には『遠山生花店』と書かれており、店の中には可愛らしい女性がデニム地のエプロンをつけて座っていた。


「すいません、お届けものなのですが」

 車から降りて、声を掛けるとレジのところに座っていた小柄な女性が顔をあげた。

 年齢は10代後半から20代前半ぐらいに見える。アーモンド型の瞳に小さな鼻。どこか猫っぽさを思わせるその顔立ちは、大人になりきれていない少女のようだった。


「車で裏まで運んでもらえますか」

 彼女はそういうと店の脇にある道を指し示した。


 その道は舗装されていない土の道であり、奥まで進んでいくとビニールハウスが立ち並んでいた。中で育てられているのはバラの花のようだ。


 車を停めると、ワンボックスカーの後部ドアを開けて、荷物を出そうとした。重さは70キロぐらいだろうか。これだけ大きいと動かすのは大変だった。


「あ、荷物は自分でおろします。荷物には触らないで」

 店の裏口から出てきた彼女はそう言って駆け寄ってきた。


 ビニール袋を抱えるようにして持ち上げた時、何か柔らかい感触があった。

 なんだ、これ。


 そう思ったと同時に、首筋に何か衝撃を受けた。

 振り返るとそこにはスタンガンを持った彼女の姿があった。


「荷物には触らないでって言ったのに――――」

 そこで意識は断たれた。



 目が覚めた時、自分がどこにいるのかよくわからなかった。


 コンクリートの床とブロック塀のようなものに囲まれた狭い空間で、天井から裸電球がひとつだけぶら下がっていた。


 目を開けることは出来たが、なぜか手足は動かすことができなかった。


「目、覚めた?」

 声が聞こえた。彼女の声だった。

 そちらへ顔を動かしたかったが、顔を動かすことも出来なかった。


「荷物に触れないでって言わなかったっけ?」

 視界に彼女の顔が入ってきた。近い。彼女が話すたびに息が吹きかかるほどの距離だ。


「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです」

「謝っても、もう遅いよ」

「でも、中身は何かわからなかったです。絶対にわかりません」


 言葉ではそういったが、本当は触れた瞬間にビニール袋の中身が何であるか、すぐにわかった。


 あの感触。あれは人の体だ。

 大体、180センチ×50センチという大きさからして、中身が何であるかは察しがついていた。

 運ぶだけで15万。それも、やり取りはメッセージアプリだけ。

 それだけでも、大体ヤバいものなのだろうと察しはつく。15万という金額で見て見ぬふりをしていたつもりだった。

 でもあの時、袋の中身を触った瞬間に疑惑は確信へと変わった。


「殺さないでください」

 涙を流しながら懇願した。


「それはわたしの仕事じゃないから。わたしの仕事は処理をするだけ」

 彼女は笑顔でそういった。


 その笑顔は、まるで地底に咲いた花のようだった。

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地底に咲いた花 大隅 スミヲ @smee

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