第28話~2022年12月23日のお話(タクシー会社での運転試験)~

2022年12月31日更新


昨日面接を受けたタクシー会社の営業次長から電話があった。

「えーとね、会社としては採用なんだけど、もう一回会社に来てくれるかな。

うちのタクシーに乗ってもらって運転を見させてもらいたいんだ。今日来れる?」


「なるほど」と思った。研修中に辞めた前職の老舗タクシー会社に電話をして研修中に退職した理由を問い合わせたな?と感づいた。タクシー会社は地域でつながっていると聞いていたから、噂も良く広まる。まあしょうがない。多分、前職の老舗タクシー会社の所長が私は運転には向いていないよとでも言ったのだろう。それでもこの会社は採用してくれたのだ。私はこの営業次長の下で働きたいと思った。


「はい。それでは今日の午後にお伺いします。宜しくお願い致します」。


私は窮地に立たされていると思った。普通二種免許を持っているからタクシー会社ならどこでも雇ってくれると思っていたが、自分の悪い評判が駆け回る事になれば、この地域でタクシーをする事ができなくなる。もうすでにタクシー会社を二社経験している。どちらも短期間で退職している。さすがにこのままではヤバいだろう。

この会社を大事にしようと思った。


会社に約束の時間の10分前に着いた。もう営業次長がエントランスで私の事を待っていた。待ち焦がれていたという印象だ。


早速応接室に通され、いくつか質問をされた。

過去5年間の事故の有無。違反の内容。タバコを吸うかどうか。アルコールは飲むかどうか。飲む場合の酒量。ギャンブルはやるか。違法ドラッグはやっているか。健康状態は良好か。両親は健在か。妻はタクシーをやる事についてどう思っているか。タクシーをやっていた時にお客様からクレームがあったかどうか。

当たり障りのない質問をされ、当たり障りのない答えを返した。


営業次長はまた雄弁に昔話に花を咲かせた。


「私もね、タクシー業界に来たのが42歳であなたと同じ年だったのよ。その時は大手の会社で都内23区を走っていたんだけどね。タクシー業界は、バブル崩壊後から低迷して苦境を強いられてね。リーマンショックもあり、東日本大震災を経験し、コロナでしょ。その中でどうしたら生き残れるか話し合って、お客様から選ばれる会社にならないといけないという事で、サービスを徹底してきたの。それまでの運転手は接客マナーは悪いし、乗車拒否だってするし、車内でタバコは吸うし、車から降りてドライバー同士で世間話をするわ、座席を倒して横になるわ、好き放題していたわけ。タクシーに乗せてやるって感じだったわけ。それを改善しないといけないという事でうちの会社はお客様から信頼され、真心を込めたサービス、接客、徹底した言葉遣い、経路確認、挨拶をするようにしたわけ。うちだけじゃなく、業界全体だね。この町に来た旅行者が初めて乗るタクシーがうちのタクシーに乗るかもしれないじゃない?そうすると、その旅行者にとってこの町の第一印象はその運転手の印象になってしまうから大事だよね。お客様から行き先を言ってもらったら、復唱する事も徹底させたね。それで言い間違えを防げるし、もしかしたら復唱することでお客様がやっぱり違う場所に行くべきだった事を気づかせる場合もある。目的地までの行き方を復唱して確認する事でトラブルを防げるよね。あとは、道なんてお客様から教えてもらえばいいんだよ。全部の道を知ってからお客様を乗せるなんて事をしたら、人生終わっちゃうよ。

私なんか道も知らないのに、先輩が横に乗って行う添乗研修は一度だけだったよ。その次の日にはお客様を乗せていたよ。今は5日間くらい添乗研修はあるけどね。

佐々木さんは、いくら稼ぎたいの?手取り25万円?30万円?」。


「いや~もちろん、稼げれば稼げるほど嬉しいですけどね」。


「もう、奥さんを心配させないで、俺が稼いでやるっていう強い気持ちを持つ事だよ。

それが男ってもんだよ。子供だってこれから沢山食べるからね。私の孫なんか、もの凄く食べるよ」。


「佐々木さんは、家のローンとかあるの?」。


「はい。あと30年残っています」。


「それはいいね!ローンが残っているという事はそれだけ頑張らないといけないという事だから頑張ろうって気持ちになるのよ。この仕事はね、楽をすればどうでもできるのよ。

本当にドライバーはピンからキリまでいるからね。一日2万円以下の人もいれば、5万円も稼ぐ人もいるの。それが月に24日の勤務だからその差は一か月だったら凄い事になるじゃない。

あと、お金の貸し借りは絶対社員同士ではダメだよ。金はトラブルの元になるから。

昔、ギャンブル好きの人がいてさ、給料出たらすぐに競馬で全額すってしまい、タクシーのおつりも全部使ってやんの。そうして泣きついてきて「どうしたらいいでしょうか?」って言ってくるんだよ。どうしようもないよね。」


とにかく話が長い。しかし、これも面接だと思って頷いたり、時々「はい」と言って相槌を打った。


「アルコールは絶対ダメだよ。お酒も、少しでも残っているとセンサーが検知するし、

朝、魚の粕漬けを食べても鳴っちゃうからね。朝食に、かけうどんを食べても鳴っちゃう。栄養ドリンクも鳴る時があるね。昔、ドライバーが夜の勤務終了時間を過ぎても帰ってこないんだよ。どうしたのかなと思って、それでしばらくしたらやっと帰ってきて、近づいたら「ぷーん」と匂うんだよ。案の定、アルコールチェックしたらセンサーの音が鳴ってね。聞いてみたら、最後に乗せたお客さんと意気投合して飲み屋で一緒に酒を飲んでましただって。信じられる?」。


「いや~凄い話ですね。今の時代では考えられませんよ」と返事をした。


「まあ、とにかく、色々あるから。今年うちの車で夏にエアコンが壊れて大変な事になってね。このままじゃお客さんも熱中症になってしまうって言って、エンジンに水をかけたりしてなんとか対応したことがあったんだけどね。決済パネルも壊れるし。機械も突然故障したりするから。そこで冷静な判断ができるかだよね」。


私はドキッとした。前々職のタクシー会社でエアコンが壊れ続けて、治らず、会社の対応が悪くそのまま怒りに任せて辞めてしまった経緯がある。


この営業次長から私の過去が全て見透かされているような気がした。突然、核心に迫られたような気がした。


「うちはパワハラもセクハラもないし、そういう教育も行っているから大丈夫だよ」とも言われた。前職で叱責がひどい教官がいて辞めた事があった。それも見透かされているような気がした。この営業次長には全て知られているような気がした。


話を聞いているうちに、どこかのお寺の住職の説法を聞いているような気分になった。

悟りが開かれたような気分だ。営業次長の世界に引きづり込まれている自分に気付いた。


「さあ、じゃあ最後に運転をしましょうか」。


駐車場に行き、準備されていたタクシーを見た。懐かしい。久しぶりに乗る。セダン型の古い型式。今はもう製造されていない車種だ。タクシーを運転するのは半年ぶり。


会社から県道に出て市街地を通り、山の方も行き、自分の自宅の近くも通った。そして会社まで戻る。難なく運転できたと思った。それよりもタクシーの運転は楽しいと感じた。


やっぱり私がやりたい仕事はタクシーだと思った。それが分かっただけでも良かった。


営業次長は私の運転については何も言わなかったが、転職回数が気になると言った。

もうすでに他のタクシー会社で2社経験している。しかも一社は6か月で退職。もう一社に関しては、研修中にたった10日間で辞めている。営業次長はまた貿易事務に戻りたいと心変わりするのではないかと思ってしまうと言った。


さすがにタクシー会社でも内定をもらうのは簡単ではなくなっている。断崖絶壁にいる自分に気付いた。返事は3日後になるという。


もし採用されたら、もう他の就職先はない覚悟で頑張ろうと心に誓った。

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