第15話「タンゴ」の国、アルゼンチンが決勝進出

 2022年12月14日午前4時、アルゼンチンがW杯決勝進出を決める。老練なクロアチアに3点、しかも得点を許さずの3-0での完勝であった。中盤での複数の追い込みからのボール奪取、そしてゴール前へたった一人の力で仕事を成し遂げるその技術、その強気の姿勢が卓越してると感じた。もし今回優勝となれば久々の優勝となるが、メッシも今回が最後だし有終の美を飾れるか、今から決勝戦が楽しみだ。

 

 今日は自分らの世代のアルゼンチンから話してみたい。

 今回で優勝すると、1986年以来36年ぶりの頂点と聞かされ、あれからもう30年以上も経ったのかという時間の経過にまず驚く。「神の手」ゴールに、5人抜きと、あのメキシコW杯はマラドーナの大会だったといえる。しかも両ゴールとも、因縁のイングランドからときている。アルゼンチンはイングランドと1966年のイングランドW杯で対戦し、よく言えばマリーシア、悪くいえば汚いプレーを連発し、試合後にユニフォームを交換しようとするイングランドの選手(ジョフ•ハースト)をラムゼー監督が、「止めろ」と言って阻止した事件から始まり、1982年には大西洋のフォークランド諸島を巡って実際に戦争を始めて両国の関係が極めて悪い時期での試合だったと記憶する。


 自分の中で印象に強く残るアルゼンチンは、上記1986年の優勝ではなく、アルゼンチンが初優勝した1978年のアルゼンチンW杯である。決勝は、前回準優勝のオランダとの対戦で両国とも初優勝を目指していた。オランダはクライフがアルゼンチンの軍事政権を批判して不参加、それでもトータルフットボールが勝ると思ってみてたら、マリオ•ケンペス別名エル•マタドール(闘牛士の事)があれよあれよと得点し、母国アルゼンチンを初優勝に導いてしまう。印象的だったのは、選手入場と同時にスタジアム中を舞う紙吹雪。アルゼンチンリーグの強豪リーベル•プレートの本拠地、エスタディオ•モニュメンタルが紙テープと紙吹雪でスタンドが一時見えなくなる光景。これは後に日本のチームでも一時、この紙テープと紙吹雪という応援スタイルが流行った時期があった。ちなみに、私が高校だった1970年代初頭の国立での代表戦では、ガラガラのスタンドを盛り上げようと、紙テープならぬ、トイレットペーパーを投げるという事があった。もう時効だから白状するが、試合観戦の日は学校に紙袋を持参し、高校のトイレからトイレットペーパーを数本頂戴して、国立で投げたりした。うまく投げるにはコツがある。そのまま投げても、トイレットペーパーが塊で飛んでいくだけ。投げる前に、ペーパーの端を1mほど出しておいて、塊の方を投げる。すると、投げた塊の後にペーパーが紙テープのように流れ出てくるという仕掛けである。


 話をアルゼンチンへと戻すと、その初優勝の翌年の1979年、日本でワールドユースが開催され、若きアルゼンチンを優勝に導いたのが19歳のマラドーナ。この大会から一気にマラドーナが世界に知れ渡ったので、彼の世界デビューの地は日本だったと言える。小柄なマラドーナと、後にマリノスに来たラモン•ディアスらが最後の決勝で当時はソビエト連邦と呼ばれていた現在のロシアを破った時には、当時はサッカー氷河期でいつもガラガラの国立競技場が久しぶりに5万の観衆が詰めかけ、サッカーが一般のニュースに上がる事を嬉しく感じた。


 アルゼンチンには、仕事の関係で1週間ほど滞在したことがある。残念ながらサッカー観戦は無かったが、マラドーナが所属していたボカ•ジュニアーズのスタジアムは遠目で眺めるだけで終わった。アルゼンチンの人はとにかく牛肉をよく食べる。年間消費量は日本人のそれの10倍。レストランで夕食に出る一人分の肉の量が半端なく多いし、朝からステーキを当たり前で食べるという。日本人が「米を食べないと力が湧かない」というが、彼らにとっては「肉をガッツリ食べないと」ということだと思う。彼らの試合を見ていて感じる力強さ、強引さは、こんな食生活から来ているのではと、現地で過ごして感じる。


 ブエノスアイレスでは、連れて行ってくれて現地案内の日本人(元商社の現地支店長だった人)が、本場のタンゴを見せてくれるというお店に連れて行ってくれた。その案内してくれた人は、久々のブエノスアイレスということもあっては、タンゴの音楽と踊りに感激して涙を流していた。本場のタンゴは、足をすばやく相手の男性に絡ませ絡ませ、その「ねちっこさ」というか、ウェットな感じは自分の感覚とは全く異質なものに感じた。隣国のブラジルと比べると、あのサンバの「あっけらかん」とした、どこまでも陽気な曲と踊りとは対局にある事は、コンフェデ杯やW杯で行った時に、現地で何回と体験している。

 

 以前に音楽のスタイルとサッカーについて書いたが、アルゼンチンのサッカーは、まさにこのタンゴのリズムや旋律、そしてその「ねっちこさ」だと言える。


 さて、決勝の相手は今晩というか明日の早朝には決まるが、もしフランスとなれば、シャンパンサッカーならぬ、シャンソンの軽い感覚のサッカーとタンゴのウェットなサッカー、どちらの旋律が勝るか、楽しみである。

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W杯、新たなランドスケープを求めて 74年西ドイツ @masanishida

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