枯れない供花

月井 忠

第1話

 私は小さな石を持って作業所に入る。


 石についた微細なホコリを刷毛で取る。

 思った通りだ。


 石にはわずかな輪郭が刻まれている。

 探し求めていた花の化石と思われた。


 地底に咲く花だ。


 これでアイツを見返せる。

 いや、今更か。


 全ての雑事を忘れて、作業に取り掛かる。

 今はこの化石の全貌を見てみたい。




 いつの間にか、夜が明けていたようだ。

 眠気は全く感じない。


 外が騒がしいような気もするが、手を止めることはない。


「先生! ここにいたんですか!」

 作業所に若い研究員が入ってくる。


「ああ、君か」


「こんな時に何してるんですか?」

「こんな時?」


「相澤先生が!」

「ああ」


 そういえばすっかり忘れていた。

 アイツの死体を隠しておくべきだった。


 手近にあった石でアイツの頭を殴った。

 石は砕け、欠片が落ちた。


 私は、その欠片を見逃さなかった。

 欠片は今こうして手元にある。


「相澤がどうかしたのか?」

「来てください」


 仕方なく作業を中断して後を追う。




 現場には人だかりができていた。

 これでは、死体を隠すことも、言い逃れもできない。


 私は相澤のそばに寄る。


 相澤は頭から血を流していた。

 血はすでに乾きつつある。


「どうしましょう?」


 相澤の手首に触れて脈を取る。

 ぴくりとも反応しない。


「警察を呼び給え」

「はい」


 これからどうするか。

 早い所、研究を引き継ぐ必要がある。


 せっかくの化石を無駄にしたくない。


 ふと、相澤の手を見た。

 小さな石の欠片が握られている。


「そうか……お前もか」


 相澤の指を一本ずつ伸ばしていく。


 欠片を手に取ると、わずかな輪郭が刻まれていた。


「これは、お前のものだな」


 手向けの花にはちょうどいい。

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枯れない供花 月井 忠 @TKTDS

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