第26話

「おめでとうございます。元気な女の子です」


 この世に生を受け、世界を見ようと瞳を開けた。


 その時の記憶はないが、私にとってそれが初めて


「……このような可愛らしいお子様を初めて見ました。私はこの子の為に全てを捧げましょう」


 呪いを使った日であった。


「本当に可愛い」

「この子に全てを捧げたい」

「愛している」


 噂が広がったのは一瞬だった。


 私の力はあらゆる存在を魅了する力。


 人や動物、モンスターに植物。


 ましてや感情を持たない存在にすら命を与え、私への愛を強制的に芽生えさせてしまう。


 私の目を見た全てが私の為に動き、私の為を思って行動する。


 それはあまりにも奇妙な光景に見える……らしい。


「呪いだ!!」

「王都から出て行け!!」

「そんな子供殺してしまえ!!」


 家に向かって響く罵声。


「お母さん、お父さん。私……」

「大丈夫だ凛。凛は何も気にしなくていいんだよ」

「そうよ凛。パパとママが凛を守ってあげますからね」


 毎日が怖かった。


 いつ襲われてもおかしくない。


 生まれながらに祝福されないこの体が嫌だった。


 だけど、私には両親がついていた。


 二人は私の唯一の宝物だった。


 それから私が10の歳を超える頃、周りからの罵声は聞こえなくなった。


「えっと……どこに置いて……あ、ありました」


 私は家の中を歩く。


 元々私は目が見えないが、呪いを抑える為に目隠しをして過ごしている。


 けれど不便はない。


 家中に私の呪いが行き渡り、私が家の中で怪我をすることは殆どなかった。


「マカロン。この前お母さんが作ったお菓子はマカロンというんですね」


 本が私の意志に答えるようにページを捲り、字を浮かび上がらせる。


 文字を指でなぞることで、私は少しずつ本を読むことが出来た。


「えっと、すみません。卵を出してもらってもいいですか?」


 私が命令すると、どこからか私の手元に卵が置かれる。


 既に私の呪いを受けた家は、普段から家から出ない私にはとても住み心地がよかった。


「ありがとうございます」


 最近は呪いを持っていて良かったと思い始めていた。


 私には私を愛してくれるお母さんとお父さんがいて、そして目の見えない私に優しい環境がある。


 それだけで十分過ぎる程満たされた日々だった。


「ふん♪ふふ〜ん♪ふふ〜ん♪」


 私は鼻歌を歌いながら料理をする。


 いつもと変わらない日常。


 いつもと変わらない光景。


 当たり前で、普通で、平凡。


 そしてその日


「ん?」


 仮初の平和が終わりを告げる。


「ノック……あ、お母さんですね」


 私が一言『開けて』と声をかけると、扉は開く。


 けれど、二人が帰ってくる時は私は自分で扉を開けるようにしている。


 理由は説明出来ない。


 だけど、なんだかそっちの方が幸せだった。


 だから今日もいつもと同じように


「おかえりなさい、お母さん」

「お久しぶりですね、凛ちゃん」

「……え?」


 聞き覚えのない声。


 お母さんじゃない。


「えっと……どなたでしょうか?」

「覚えていないにも無理はありません。私はただ、あの日あなたを取り上げただけに過ぎない一般人なのですから」


 私はお父さんとお母さんの話を思い出す。


 初めて私の呪いを受けてしまった人。


「あの……本日はどのようなご用件で」

「はい。実は凛ちゃんのご両親が怪我をされまして」

「……え?」


 何の感情をなく告げられる。


「ど、どうして!!もしかして事故に!!」

「いえ、相手はただの若者ですね。凛ちゃんを追い出せと脅され、結果として暴力沙汰にまで及んだようです」

「そんな……」


 お父さんとお母さんが怪我?


 私のせいで?


 い、いやそれより怪我ってどんな?


 もしかして重傷なんじゃ!!


 私は軽くパニックになる。


 そんな私に女性は


「どうされますか?」


 私の意志を尊重する様に、まるで私に全てを委ねるように尋ねる。


「お」


 私は決心する。


「お母さんとお父さんの場所に連れて行って下さい!!」

「分かりました」


 そして私は自分の意思で初めて外に出た。


 今までは怖くて外には出られなかった。


 あの毎日のように響く言葉の数々は、今でも夢に出てくる。


 けれど、恐怖では打ち消せない程大事なものが私にはあった。


「お母さん、お父さん」


 必死に走る。


 普段運動なんてしない為、体力は全くない。


 それでも走る。


 前は見えず、目の前に何があるか分からない恐怖が襲う。


 それでも走る。


 周りからの見えない視線が突き刺さる。


 生まれてきただけなのに、言われようのない暴言が飛び交う。


 それでも走る。


 それでも止まるわけにはいかない。


 無我夢中だった。


 走って


 疾って


 捷って


 そして


「凛……」

「お父さん!!」


 私はその温かな胸に飛び込んだ。


「どうしてこんなところに……」

「お父さんが心配で……」

「……そうか。よく……頑張ったな」


 優しく頭を撫でてくれる。


 よかった、いつものお父さんだ。


 目には見えないが、多分酷い怪我じゃない。


 私はほっと胸を撫で下ろした。


「一人でここまで来たのか?」

「ううん。この人が連れてきてくれて……」

「お久しぶりです」

「……どうも。いつもお世話になっています」

「?」


 もしかして二人は知り合い?


 無知な私は、特に気にすることもなくお父さんに話しかけた。


「怪我は大丈夫?」

「ああ。少しヒビが入っているが、二ヶ月もあれば治るそうだ」

「お仕事は?」

「しばらく休みかな」


 そんなたわいもない会話。


 だが私は直ぐにあることに気付く。


 気付きたくなかった事実に気付く。


「そ、そういえばお父さん。お母さんはどこにいるの?」

「ん?まーたお母さんか。凛は昔からお母さんの方が大好きだな」

「お父さん?お母さんはどこ?」

「……ああ。お母さんは軽症だったからな」


 お父さんはいつもと変わらない笑顔で


「凛のことを悪く言った連中を殺しに行ったよ」


 私にはその言葉が理解できなかった。


「何を……言ってるの?」

「ああ、安心してくれ。お母さんがそれで死んでしまうと凛が悲しむからな」

「はい、私達も協力しています」


 何が起きているのか分からなかった。


「今頃は自分達の行った行為を反省し、死でそれを償っているでしょう」

「これで世界はより良いものになったな」


 二人は笑う。


 邪悪さのかけらもない、純粋な笑顔。


「そ、そんなことやめてよ。あなたも、こんなことはやめて下さい!!」

「大丈夫だ凛。凛は何も気にしなくていい」


 あの日と同じような言葉を吐く。


 普段なら優しさで包まれる気分になるはずなのに、今は胸いっぱいに不安が押し寄せた。


「それでは私も行ってきます。お父様、安静にですよ」


 女の人がどこかに行こうとする。


 きっとまずいことに違いない。


「ダメ!!」


 叫ぶ。


 止めなければ。


 これ以上被害を増やしてはいけない。


「もうみんな、何もしないで!!」


 私は叫ぶ。


 叫んでしまう。


「……」


 急に静かになる空間。


 先程までの空気は消え、私は世界に自分しかいないのではないかと錯覚してしまう。


「……お父さん?」


 私はお父さんに触れる。


「お、お父さん!!」


 返事がない。


 動きがない。


 呼吸がない。


 全ての生命活動が一気に停止した。


 運良く、私は瞬時に事の状態を理解することができた。


「みんないつも通りに戻って!!」


 叫んだ。


「ん?どうしたんだ凛。そんな怖い顔をして」

「何か嫌なことでもあったんですか?」


 先程命を落としかけていた二人が、何もなかったかのように話しかける。


「……ねぇお父さん」

「どうした?凛。新しい料理の本でも欲しいのか?」

「初めて私の目を見た日って、覚えてる?」

「……」

「言って」

「覚えてるも何も、忘れるはずないだろ」



 凛が生まれたその日さ



「お母さんも……そうなの?」

「どうして泣いているんだ。やっぱり嫌なことでもあったのか?」

「お母さんも!!私の目を見たの!!」


 お父さんは少し言い辛そうに


「ああ、そうだ」

「どうして……黙ってたの?」

「凛がそれを知ると、悲しむと思ったからだ」

「それはお父さんとお母さんの愛情が、偽物だったから?」

「……」


 お父さんは何も答えなかった。


「答えて!!」

「無理だ」

「どうして!!」

「凛を愛しているから」

「愛してるなら言ってよ!!その愛が本物だって、呪いによるものじゃないって言ってよお父さん!!」


 愛と命令。


 私に与えられた呪いは、あまりにも歪な世界を生み出す。


「ごめん……凛」

「嫌……もう嫌……」


 何もかもが嫌になる。


 それだけでよかったのに。


 それだけあれば、他には何もいらないのに。


 それすらも呪いは奪っていく。


「お父さん」

「どうした?」

「あなた」

「はい、何でしょう」


 目を開ける。


「もう私に……関わらないで」



 ◇◆◇◆



 私の呪いは魅力。


 全ての存在に仮初の愛情を与える力。


 その意志を奪い、無理矢理私の奴隷にしてしまう力。


 そこで私は能力を逆手に取り、呪いにかかってしまった人達に命令をした。


 私に関わらず、私のいない生活を送ってと。


 それから街は普段の日常を取り戻した。


 誰も私を気にせず、誰も私がいないかのように扱う。


 それでも呪いにかかっていない人は私を嫌悪する。


 何故なら、私の呪いが消えたわけじゃないからだ。


 この呪いの最も厄介なこと、それは私の負の感情が大きくなる、もしくは私の命に危機が迫ると制御が出来なくなること。


 目を閉じていても周囲に呪いをかけ、私の意志を直接読み取り行動に出る。


 あの日、私は思ってしまった。


 お父さんとお母さんを傷つけた奴らが許せないと。


 私の呪いにかかった全てが、その意志を汲み取り行動に移った。


 まるでそれは、命じられた人形かのように。


「う〜ん、今日も天気が良いですね」


 私は包丁を握りしめ、震える手で喉元に刺す。


 だが包丁は何の前触れもなく壊れてしまう。


「死ねせてもらえないでしょうか?」


 私は自分の目に語りかける。


 知っての通り答えは返ってこない。


「……文清さん、大丈夫でしょうか」


 あまりの動揺に、つい呪いが強制的に発動してしまった。


 二度と私に関わるなと、いつも通りの生活を送ってと言ったが私への魅力が解けたわけじゃない。


 今後は常に頭の中に私の存在が残り続けてしまうのだろう。


 本当に申し訳ないことをした。


 もう二度と会うことはないが、幸せな日々を送ってくれることを信じよう。


 それにしても


「不思議な方でした」


 初めて会ったとは思えなかった。


 それは運命というよりも、腐れ縁のような、何かを誓い合ったような感覚。


「もう……関係のない話ですね」


 私はベットから起き上がる。


 普段は極力外には出ないが、自身の体力のなさを痛感し走ることを始めてみようと思った。


 そして、外に出た私は直ぐに違和感を覚えた。


 普段は活気溢れる街並みが、静寂に包まれていた。


「……おはよう」

「その声は……芽依さん……」


 もう会うことはないと思っていた。


 呪い持ちの私なんかに、もう二度と会う気はないと


「一応聞いてみるけど、清を元に戻すことは出来る?」

「……すみません」

「そう」

「!!!!」


 突然呼吸が苦しくなる。


 息を吸おうとしても、体がそれを受け入れてくれない。


「最後に一つだけ聞いとく」


 芽依さんの声が一気に低くなり


「あなたを殺せば、清は元に戻る?」

「あぁ……やっと」


 私はその質問につい


「はい、私が死ねば戻りますよ」


 笑顔で答えてしまった。


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