第25話

「凛!!走ると危ないって!!」

「…………」


 俺の声は聞こえている筈なのに、グイグイと進んでいく凛。


 てかこの森、さっきから変な鳴き声とか聞こえてくるけどもしかしてモンスターがいるのか?


 益々まずいな。


「おい凛!!」

「だ、大丈夫ですから!!私は一人で生きていけます。ですから放って置いてもらって結構です!!」


 こちらを向かずに走り続ける凛。


 自己犠牲の化身の言う大丈夫は信じないようにしている俺としては、やはり放って置けない。


 だけど俺一人では不安も多いため、早く連れ戻したいのだが


「クソ!!どうなってんだ!!」


 凛はゆっくりと駆け足で、俺は全力ダッシュをしている。


 にも関わらず、未だに俺は凛に追いつけないでいる。


 その理由は


「なんだこの地面!!さっきから歩きにく過ぎるだろ!!」


 でこぼこしたいたり、落ち葉で見えづらい自然の落とし穴や、急に木が倒れて来た時もあった。


 そんな歴代最高クラスに困難な道のりを、盲目の少女は簡単に進み続ける。


「さすがにおかしいだろ、こんなの」


 運がいい、というレベルではない。


 まるで全てが彼女の逃走を手伝っているかのような、そんな状態だ。


「お、おい凛!!モンスター来てる!!」


 前方からオークが飛び出してくる。


 このままでは凛に襲い掛かるだろう。


「クソ、爆炎剣を持って来てりゃ」


 残念ながら爆炎剣は馬車の中。


 どうする、このままじゃ絶対間に合わない。


 かと言ってそこら辺の石を投げたところでオークに攻撃が通るとも思えない。


 そう考えいる間にも今まさに


「凛!!」


 オークはそのまま凛に向かって走り出し


「……は?」


 その横を通り過ぎた。


 気付いていなかったわけじゃない。


 ばっちりと凛の方は向いていた。


「よ、よく分からないが、あのオークはもしかしたらいいオークなのかもしれーー危な!!」


 俺の横を棍棒が通り過ぎる。


「俺は敵判定かよ」


 理屈は分からんが、とりあえずこのオークは俺の邪魔をするらしい。


「なら、死んでくれ」


 残念ながら武器は持ってきていない。


 あの時のような戦法はもう使えないだろう。


 だが、あの時と今の俺が違うことは


「来い」


 オークが棍棒を振り下ろす。


 俺はそれを素手で受け止める。


「!!!!」

「武器ゲット」


 俺はそのままオークの指を一本へし折る。


 痛みで武器を手放したオークの棍棒を持ち上げ


「ドカン!!」


 オークの頭を潰す。


 もうあの時の俺とは色々とレベルが違うんでな。


 さすがに武器無しだと攻撃は通らないが、オーク如きに負けることはもうない。


「距離は離れたが、丁度いいもんゲットしたぜ」


 俺は凛に向かって走り出す。


 今まで邪魔してきたものを棍棒でぶち破ったり、棍棒を使った高跳びをお披露目したりし、凛との距離を徐々に詰める。


 普段から外に出ないせいか凛は既に息切れしている。


 いくら妨害が入ろうとここまでくれば


「追いついたぜ」


 俺は凛に向かって手を伸ばし


「嘘……だろ……」


 その手を木の枝が絡めとる。


 土が俺の足を拘束し、風が俺の体を後ろに吹き飛ばそうとする。


「ふ、ふざけんな!!こんなのおかしいだろ!!」


 これはどう考えてもおかしい!!


 明らかに凛の仕業だろう。


 何かの魔法なのかもしれないが


『魔法というのはあくまで魔力を使ったルール決められておる。例えばこの水の塊、一見本当に見えるかもじゃが、こうして魔力を遮断すると』


 最初から何もなかったかのように消える。


『これは水ではなく、水の見た目と性質を持った魔力じゃ。つまり儂らが操るのはあくまで魔力であり、本物の水や火を操れるわけじゃない』


 師匠の言葉を信じるのなら、これは魔法には定義されていない。


 そして師匠が言うには、この世のあらゆる不可思議は二つの可能性があるという。


 一つは未知の魔法。


 そしてもう一つは


「絶対逃がさねぇ!!」


 木を引きちぎり、土を蹴散らし、風を薙ぎ払う。


「待てやコラ!!絶対逃がさんぞボケがぁ!!」


 ヤンキーみたいな口調で凛に向かって走る。


「な、なんか怖いです文清さん!!」

「そっちが逃げるからじゃアホんだらぁ!!」

「ご、ごめんなさーい!!」


 ゴリラと化した俺は森の中を自由自在に粉砕して回り、凛を追いかける。


 そして遂に


「捕まえた!!」


 俺はその肩に手を置く。


「ハァ……ハァ……」

「ゴホッ……」


 お互いに虫の息だ。


「どうして……逃げ出したんだ」

「……」


 凛は俯く。


「何か事情があるのか?」

「……」


 凛は首を横に振る。


「言いたくないことなのか?」

「……」


 凛はコクリと頷く。


「じゃあ俺の口から言ってもいいか?」

「!!」


 凛はこちらを向こうとするが、直ぐに何かを思い出したかのように前を向く。


「……お願いします」


 凛の体が震え出す。


 まぁ……あれしかないよな。


「呪い持ちだったんだな」

「……はい」


 俺に襲い掛かって来ていた周囲の物が一気に動きを止める。


「黙っていて……すみません。私は……臆病で……」

「凛……」


 ポロポロと涙を零す。


 いつの間にか、凛の目にかかっていた包帯が取れていた。


「こ、怖くって……皆さんが……呪い持ちだと知ったらきっと……私のことを怖がるって、そう思うと……」

「安心しろ。俺達は別に呪いを恐れてはいない」


 もしかしてだが、あの時師匠とセイバーって人を止めたのは自分の呪いだと勘違いした可能性があるなこれ。


 ここは芽依には悪いが、凛を安心させる為にも言っておいた方がいいだろう。


「安心しろ。実は俺達もーー」

「文清さんも、もう呪いにかかっています」

「……へ?」


 そうなの?


 俺呪い掛かってた?


 芽依の能力と一緒ではないと思うが、一体凛の能力は


「……目?」


 落ちた涙。


 そこに反射して映る、彼女の真っ白な目が俺の瞳の中に入


「私の呪いは、目に映る全てのものが私の虜になってしまうこと」


 凛は真っ直ぐと目を合わせる。


「文清さん、お願いします」


 凛の口は悔しそうに開き


「私にもう……近寄らないで下さい」



 ◇◆◇◆



「清、凛は?」

「……」


 上の空で戻ってきた文清。


 いつもと違う様子に、芽依は大きく警戒する。


「ん?あ〜えっと、悪い。なんか逃しちまった」


 要領を得ないような話し方。


 いつもと違う雰囲気を芽依は感じ取る。


「……ねぇ清。向こうで何があったか教えて」


 芽依は少し不安そうに尋ねる。


「何ってそりゃ……もう彼女とは関わらないと決めたんだ。俺達と関わりたくないからって、だから俺は彼女の意思を尊重しようと」

「……清?」

「ほら、人って千差万別だろ?だから無理矢理引き戻すのも違うって言うか、相手の気持ちを尊重した方がーー」

「清!!」


 芽依は叫ぶ。


 普段は冷静な彼女の状態にネネは驚く。


「本気で……言ってるの?」

「ああ。本気だ」

「……それは、誰の為を思って?」

「誰ってそんなもん」


 文清はニコリと微笑む。


「凛の為に決まってるだろ?」

「ッ!!まずい!!」


 ネネは強烈な寒気に襲われる。


「ま、待て英雄の末裔!!主は今、かなり危険な状態じゃ!!力が暴走して周りを巻き込む可能性が高い!!」

「……許せない。清を……清を否定するなんて許せない!!」


 一瞬で周囲の草木が枯れる。


 怒りが、不安が、動揺が、芽依の呪いをより強力なものへと変えていく。


「清は自分勝手だから。他人の気持ちを尊重しないし、誰かの為にしたなんて死んでも口にしない」


 自己中で、我儘で、直ぐに周りを巻き込む。


 そんな最低で、バカで、正直な文清に救われた存在がいる。


「清の全ては、清だけのもの」


 芽依の中に生まれた感情はあまりにも大きく、それでいて自分勝手なものであった。


 彼に与えられた想いを、踏み躙られることだけは絶対に許せなかった。


「私が清を取り戻す」


 そして始まる。


「待ってて」


 最強同士の戦いが。

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